選手とコーチは別物:スポーツ界の偉人がコーチとして苦戦する理由
著:Steven Rynne(クイーンズランド大学 Senior Lecturer, Sports Coaching; Affiliate, UQ Poche Centre for Indigenous Health)、Chris Cushion(ラフバラー大学 Professor of Coaching and Pedagogy; Director of Sport Integration)
トップレベルのスポーツの世界では、選手としての実績がコーチとしての力量を図る絶対的な基準になる。プロスポーツの世界でその判断を下すのは、チームオーナーや監督、そしてファンだ。彼らは明らかに、プロセス(パフォーマンス)よりも実績(勝利)を高く評価する。
元プロテニス選手のボリス・ベッカー氏によれば、トップレベルの選手ならコーチになったその日から周囲にリスペクトされるようになる。そして「(大きな大会に)行ったことがあるし、(勝利を)成し遂げたことがある」という経験はコーチとして魅力的な「保証」になるという。彼らはスポーツそのものやクラブ、ファンそして最も重要となる「勝つ方法」を熟知しているのだ。
テニス界をざっと見まわしても、コーチ界を席巻するかつての名選手の仕事ぶりが目立つ。その例がイワン・レンドル氏(アンディ・マレー選手のコーチ)、マイケル・チャン氏(錦織圭選手)、ゴラン・イワニセビッチ氏(トマーシュ・ベルディハ選手)、カルロス・モヤ氏(ラファエル・ナダル選手)などだ。また、最近ニック・キリオス選手の話題と言えば、オーストラリアの元名選手レイトン・ヒューイット氏が彼のコーチを引き受けるべきかどうかということだ。
かつての名選手をコーチに招く慣習は、なにもテニスに限ったことではない。サッカー界でもこの手法が重宝されている。オーストラリアでは、近く開催されるクリケットの世界大会「Twenty20 International」のスリランカ戦に向け、文字通り往年の名選手による精鋭グループを結成。ジャスティン・ランガー氏、リッキー・ポンティング氏そしてジェイソン・ガレスピー氏がメンバーとなり、選手指導にあたる。
自分で勉強するのと人に教えるのが違うように、プレーすることと指導することは別物だ。しかし、スポーツ界では、論理的な根拠がないにも関わらず、プロ選手時代の実績がコーチとしての力量を測る唯一の基準としてまかり通ってしまっている。実情との間にギャップがあるのは明らかだ。
「一流の選手しか、一流のコーチになれない」というエビデンスは存在しない。つまり、将来的にコーチとして成功するか否か、の明確な基準はないのだ。
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