なぜフランスは高級車ブランド大国にならなかったのか ファッション大国との意外な違い
Beautiful landscape / Shutterstock.com
シャネル、エルメス、ルイ・ヴィトンなど、フランスはファッション業界では世界屈指のラグジュアリーブランド大国である。一方、フランスの自動車産業に関しては、ルノー、プジョー、シトロエンといった大衆車メーカーが中心である。ファッション業界で培ったデザイン力、工業製品の生産力、マーケティング力を駆使すれば、自動車でも同様の地位を確立できたはずではないか。
メルセデス・ベンツ、BMW、アウディ、ジャガー、ベントレー、フェラーリ、マセラティ、アルファロメオなど名だたる高級車ブランドが林立する西欧諸国の中で、フランスの自動車産業が大衆車メーカー中心となっている現象には、歴史的・文化的な背景がある。
◆ドイツとフランス――同じ西欧の先進国でなぜ違う道を歩んだのか
ドイツの高級車産業が現在の地位を築いた背景には、職人気質と工業精度への徹底したこだわりがある。ダイムラーやBMWは第二次世界大戦後の復興期においても、エンジニアリングの卓越性を核に据えたブランド戦略を貫き、「ドイツ車=信頼と性能」というイメージを世界市場に刷り込んだ。車をステータスシンボルとして位置づける販売戦略も、ドイツ企業が始めたとされる。
対するフランスでは、戦後の産業再建において「国民のための車」という思想が優先された。ルノーは1945年に国有化され、自動車産業は国家の交通・産業政策と密接に結びついて成長した。プジョーやシトロエンも同様に、広い国民層への普及を使命とした。シトロエンのハイドロニューマティック・サスペンションなど、乗り心地や先進性ではドイツ車を凌ぐ部分も確かにあった。だが、それはプレミアム市場を切り開くためのブランド戦略というより、実用車の快適性を革命的に高める技術として発揮されたと言える。
◆高級輸入車より国産車を重んじる意識
より根本的な問いかけとして、フランスでは車を個人のステータスとして誇示するよりも、国産産業や生活文化と結びつけて捉える傾向が強かったのではないか、という点がある。フランスの文化的価値観において、物質的な豊かさをあからさまに誇示することは、むしろ品がないとみなされることがある。ファッションや料理が高級文化として認めらやすいのは、それが美意識や知性と結びつきやすいからであり、「生活の実用道具」として位置づけられた車に対しては、そういった感情が生まれにくかったという。
それを象徴するのが、フランス第五共和政において最長の任期を全うしたミッテラン大統領のエピソードだ。ミッテラン大統領は在任中を通じて、ルノー30やルノー25など、国産メーカーの上級車を公用車として選び続けたことで知られる。ドイツやイギリスの高級車ではなく、フランス車の中から公用車を選ぶ姿勢には、車を個人のステータスとして誇示するよりも、国産産業を代表する製品として位置づける意識がうかがえる。
その流れを引き継いだかどうかは定かではないが、マクロン大統領も2017年の就任式ではDS 7クロスバックに乗り、2025年の革命記念日の式典ではルノー・ラファールを使用している。
6月に逝去したシラク元大統領夫人ベルナデット氏は、プジョー205という庶民的なコンパクトカーに乗り続けたことで知られ、自ら運転する姿がたびたび報じられた。大統領夫人が大衆車を愛用する姿が、むしろ親しみやすさとして好意的に受け止められる土壌がフランスにはある。
◆今、フランス車が変わろうとしている
もちろん、フランスが高級車を生み出せなかったわけではない。ブガッティは20世紀初頭からレーシングカーと高級ロードカーで世界に名を轟かせ、現在も超高級スポーツカーを手がけている。しかしブガッティは、イタリア生まれの創業者エットーレ・ブガッティが、当時ドイツ帝国領だったアルザス地方モルスハイムで立ち上げたブランドである。その後フォルクスワーゲングループ傘下で復活し、現在はブガッティ・リマックのもとで展開されている。本社と生産拠点は現在もモルスハイムに置かれているものの、その出自や企業の性格はフランスの大衆車文化とは大きく異なる。限られた顧客向けに少量生産を貫く姿勢を見ても、工業製品としての自動車というより、一種の芸術品として位置づけられる例外的な存在と言えるだろう。
一方で興味深いのは、近年になってフランス車メーカーが高級ブランドの育成に本腰を入れ始めている点だ。シトロエンから分離独立したDSオートモービルは、2017年のマクロン大統領就任パレードにも使用され、フランス第五共和政の歴代大統領と「特別な同盟」を結んできたシトロエンDSの血を受け継ぐブランドとして、プレミアムセグメントでの地位確立を目指している。ルノー傘下のアルピーヌも、かつてのラリーカーの遺産を背景に、スポーツカーブランドとしての再生を図っている。現在はSUV的な性格を持つ電動スポーツファストバックも市場に投入し、従来のスポーツカーファンにとどまらない、より幅広い顧客層への訴求を目指している。
ただ、DSもアルピーヌも、メルセデスやBMWが1世紀かけて構築したブランドの厚みにはまだ遠い。プレミアム市場への参入が少し遅れた感を拭えない背景には、長年にわたってフランス国内外でブランド価値の育成が優先されてこなかった事実があることは間違いないだろう。
◆「必要以上の贅沢」への批判的眼差し
フランスで高級車メーカーが育ちにくかった背景には、フランス社会の根底に流れる平等主義の精神も関係しているのかもしれない。フランスでは、歴史的に平等への意識が強く、富や成功をあからさまに誇示することには慎重な感覚がある。アートとの近接性があるファッションが高級文化として受け入れられやすい一方で、高級車は純粋な「贅沢」として映りやすかった可能性もある。
フランスが世界最高のブランド力を誇る分野は、「文化」や「美意識」と接続している。車がその領域に入りにくかったのは、フランス人が車を「走るステータスシンボル」ではなく「自由に移動するための道具」として認識し続けてきたからかもしれない。DSとアルピーヌが、フランス車の新たなブランド像を築けるのか。その答えが出るのは、まだ先のようだ。




