男性の育休取得率を上げるカギは? 成功している企業・団体にみる「カルチャー作り」
厚生労働省が7月に公表した「令和5年度雇用均等基本調査」によると、1996年から開始された国内における育児休暇取得率(以後育休取得率)に関する調査で、昨年度の男性の育休取得率が初めて30%を超えた。法制度の改訂が大きな影響を及ぼしているが、企業内での取得経験者が増加することで、より育休取得の「当たり前化」が進んでいる。
◆イクメンプロジェクトに込められた推進への思い
厚生労働省が推進してきた「イクメンプロジェクト」が立ち上がったのが2010年。国家プロジェクトとして異例の長さを誇るこのプロジェクトは、男性の育児休暇取得の啓発と制度改革を推進してきた。そして昨今ようやく家事や育児のイメージが日本における「父親像」に紐づけられるようになってきた。
現在この「イクメンプロジェクト」の推進委員会の座長を務める認定NPO法人フローレンス会長の駒崎弘樹さんは、「男性を家事、育児に参画させるには、(子供が)生まれた時からOSを変えるというか、父親になるんだぞという風にならないといけない」と話し、父親として最初からコミットするための関わりを作り出すために、「男性が育休を取る」というのがベストなのではないかという考えに至ったと話す。
一方で、取得率の向上は長期にわたり「収入」という大きな壁に阻まれてきた。推進委員会を中心に制度面での改正が叫ばれ、昨年から給付金支給により、休業前の実質8割の手取り収入が叶った。さらに2025年度には夫婦揃って休業する場合、実質10割に該当する水準に引き上げられる。加えて、2022年からの育児・介護休業法の改正により、従業員に対するプッシュ型の育児制度説明や従業員1000人以上の大企業に育休取得率の公表が義務化されたことで、男性の育休取得率は加速して増加している。
◆男性育休取得率100%のフローレンスの場合
そんなイクメンプロジェクトを推進する駒崎さんが率いるフローレンスは、男性の育休取得率100%を誇る。現在フローレンスの男性の育休取得日数は平均90.6日。これはイクメンプロジェクトの公式発表による、全国の大企業約1500社における取得日数の平均46.5日を大きく上回る。
保育園の園長でも育休を取得しているという同組織について、駒崎さんは「フローレンスとして、特に制度的に用意はしていない。しかし雰囲気を大事にしている。基本的に上司や周囲が(育休取得を)歓迎し、かつスムーズに職場復帰できるカルチャー作りを心がけている」と話す。実際、育休中は仕事のメールやSNSから完全に切り離しを行う一方で、子供を連れて顔見せに来社する社員も多いという。
◆企業カルチャーの育成が高い男性育休取得率につながっているDMM.comの場合
また動画配信、3Dプリント、AIなど60以上の事業を展開するIT企業のDMM.com(東京都港区)も、88%(2023年3月〜2024年2月)という高い男性育休取得率を保つ。法制度的な視点で、育休制度に関する環境を整えることはもちろんだが、何よりも職場の理解の高さが、休暇取得に大きな影響を与えているという。人事担当者によれば、育休制度にまつわる社内促進を意識的に行っているわけではないが、「みんなスマートに取得している」という。男性でも1年取得するケースもあり、制度的には2年まで取得可能だ。
「法律上は入社1年未満の社員に対して、育休取得を拒むことができることになっている。だが実際上長から取得許可を得たと手続きにやってくる社員が多い。この点から考えても、社内のリーダークラスの育休制度への理解が高いと感じている」と続ける。育休制度を利用する社員に対して人事は、利用前には上長との調整役を担い、復帰の目処が立った際は上長との面談を再び調整することで、仕事復帰しやすい環境を整えている。
一方、実際に2度の育休を取得した入社10年になるミレニアル世代の渡邉さんは、「入社直後同僚が育休を取っていたこともあり、男性でも育休取得がしやすい会社だという印象を受けた」と話す。一方、「初めて長期に仕事から離れる時は、復帰への不安があった。だが、評価面については会社のカラーを理解していたのであまり心配はなかった」と続ける。会社の風土、カルチャーに対する社員の信頼こそ、長期休暇の取得を促すうえで、人事制度の整備以上に重みがあることがわかる一言だ。
こうした企業カルチャー育成には、社内の交流促進のために開催している「ファミリーデー」が一役買っているという。事業内容が多岐にわたる同社が、社員の家族に対して事業に関する理解を促すための活動として始めたものだが、定期的に大きな社内イベントを開催することで、部署を横断した社員同士の関係性を深め、仕事へのモチベーションを高めるきっかけにもなっている。
◆3割の壁を超えたその次は
「イクメンプロジェクトは、今一つの岐路を迎えている」と話す駒崎さん。「30%という数字は、何か物事が広がるときのクリティカル・マスと言われる数字で、これを超えるとあとは上がっていくだけだ。そのためこの3割という数字を目印にしていた」と言うように、今後日本における育児休暇取得率は増えていくだろう。
駒崎さん曰く「男性育休取得に関して、これまでは取得『率』を上げることに注力してきたが、本当は『質』についても考えなくてはいけない」。現在男性取得者の大多数が選ぶ「2週間」の休みでは、気持ちを切り替えるには短すぎると指摘する。また「育休中ゲーム三昧でしたでは、男性が育休を取得する意味がない」と言い、家族というチームの一員として、1人で子供の世話が完結できる状態になっているかが大事だと続ける。
今後育休取得をきっかけに、男性が新しい生き方を手にいれ、社会に新たな変革が巻き起こるには、もう少し時間がかかりそうだ。
在外ジャーナリスト協会会員 寺町幸枝取材
※本記事は在外ジャーナリスト協会の協力により作成しています。