かつてアメリカの強力なシンボルだったマクドナルド、ロシアで営業停止

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 ベルリンの壁崩壊の2ヶ月後、モスクワ中心部にアメリカの強力なシンボルとなる店がオープンした。まばゆいばかりの光を放つ真新しいマクドナルドだ。

 1990年1月にモスクワ・プーシキン広場近くにオープンしたマクドナルドは、ソ連に進出したアメリカのファーストフード1号店であり、当時の開放的な政治姿勢を反映していた。当時9歳だったヴラド・ベクスラー氏は2時間も行列に並んだ。同氏は「西側とはこういうものだろうとイメージしていたユートピアへの入り口だった。かの地の生活は魔法がかかったようにすばらしく、何の問題もないと思っていた」と話す。

 ロシアのウクライナ侵攻後、マクドナルドが1号店を含む約850店の営業を一時的に停止するという発表は、ベクスラー氏にとって痛々しいものだった。14日の時点で、マクドナルドのロシア語サイトには「マクドナルドは業務上、技術上、物流上の理由により3月14日から店舗ネットワークでの営業を一時的に停止する」と書かれていた。

 現在はロンドンに住み、政治哲学者で著作もある同氏は「あのマクドナルドは、ついに実現することのなかった楽観主義の表れだ」とした上で、「ロシアが経済収縮、孤立、困窮の時代に入ったいま、マクドナルドのような店がオープンしたときを振り返り、過去の状況に思いを馳せるべきだ」と述べている。

 マクドナルドは声明のなかで「現時点では、ロシアでの営業再開の時期を見通すことはできない」とする一方で、国内6万2500人の従業員への給与支払いは続けている。同社は、営業停止にともない月あたり約5000万ドル(約60億円)の費用がかかることを明らかにした。

 モスクワのマクドナルドを後にした学生のレフ・シャルポ氏は、今回の決定について「営業停止は間違っている。手頃な値段で食事ができる唯一の場所だったのに」と嘆いている。

 かつてブランド企業のソ連市場参入の道をマクドナルドが切り開いたように、今回の措置によりほかのアメリカ系ブランドからも同様の発表が相次いだ。スターバックスはロシア国内の130店を閉鎖したほか、ヤム・ブランズは直営のケンタッキー・フライド・チキン70店を閉鎖し、フランチャイズが運営するピザハット50店の閉鎖に向けた交渉を続けた。

 マクドナルドのソ連進出は、ある偶然の出会いからはじまったとされる。同社は1976年、4年後に開催されるモスクワオリンピックの組織委員会メンバーがカナダ・モントリオールのオリンピック会場を視察する際に、バスを数台チャーターした。当時、マクドナルド・カナダを率いていたジョージ・コーホン氏がツアーの一環として店を案内したのだ。その日の夜から、ソ連へのマクドナルド出店に向けた話し合いが始まったという。

 その14年後、ソ連で規制緩和が進み、マクドナルドと現地農業経営者との良好な関係が築かれたこともあり、モスクワ中心部にマクドナルド1号店がオープンした。まるでお祭り騒ぎのようだったという。

 マクドナルドは開店初日、27台のレジで3万件もの注文をさばいた。700席あるその店に入るために、ベクスラー氏は祖母と一緒に何千人もの行列に並んだ。そこではロシア伝統音楽の演奏家や、ミッキーマウスなどの着ぐるみをまとったキャラクターが場を盛り上げていたという。

 同氏は「欧米のスタイルがどれほど優れているか、健全な社会がどのようなものか行って見てみよう、という感覚だった」と話す。

 チーズバーガー、フライドポテト、コカコーラを注文するために何週間も節約したという。それらは過去に経験したことのない「プラスチックのような味」だったそうだ。

 モスクワ大学の交換留学生だったアイリーン・ケイン氏は、1991年と92年に現地のマクドナルドによく行っていた。ソ連が崩壊したとき、食糧難にたびたび見舞われていたほかの地域とはあまりにも異なる光景が広がっていたという。

 コネチカット大学で歴史学の教授をしている同氏は「マクドナルドは明るくカラフルで、いつも品物があふれていて、まるでパーティーのような雰囲気だった」と話す。

 マクドナルドのソ連進出はあまりにも画期的な出来事だったため、「ゴールデンアーチ理論」という政治理論が生まれたほどだ。バージニア州にあるジェームズ・マディソン大学の政治学教授、ベルント・カウスラー氏によると、マクドナルドがある国同士は戦争にならない。マクドナルドがあることは両国が相互に依存しており、アメリカ法規を遵守していることを反映しているからだという。同教授によると、ロシアがクリミアを併合した2014年までその説は成り立っていた。

 また、ロシアから撤退する国の数と、その動きの速さは前例がないとしている。教授の見立てによると、営業を再開するのは賢明ではないとマクドナルドを含む複数の企業が判断している。それによりロシアはさらに孤立し、世界はますます不安定さを増しているという。

 カウスラー氏は「ロシア経済が欧米諸国との相互依存を低下させていくにつれて、最近の挑発的な政策運営を緩和させることのできる国内の経済要因が少なくなっている、というのが基本的な構図だ」述べている。

 ベクスラー氏によると、30年前にロシアの人々がマクドナルドを受け入れるにいたった西側への憧れも変化している。ロシアでは現在、西側に反感を抱く傾向が強くなっているというのだ。

 アナスタシア・チュビナ氏は、子供が最後にどうしても食べたいというのでモスクワにあるマクドナルドを訪れた。だが、営業停止に関心があるわけではなく「以前はマクドナルドがなくても生きられたし、これからも大丈夫だと思う」と話した上で、ファーストフードを食べなくなればロシアの人々は健康になれるとも受け取れる発言をした。

 起業家のイェカテリーナ・コッヘルギナ氏によると、ロシア国内のファーストフード企業にとっては、今回の営業停止が市場参入の絶好の機会になる可能性があるという。同氏は「悲しい話ではあるが大きな問題ではない。マクドナルドがなくても生きていける」と話す。

By DEE-ANN DURBIN AP Business Writer
Translated by Mana Ishizuki

Text by AP