検索結果からがんを発見できるように? MS研究者らが可能性を実証、医学誌に発表

 ウェブ検索エンジンでどのような検索を行ったかによって、医師から診断される前に、がんになっていることが分かるかもしれない。その可能性を実証した研究成果を、マイクロソフト(MS)の研究者らが医学情報誌に発表した。早期発見が可能になれば、生存率の向上に結びつくことが期待される。

◆はっきりした初期症状のない膵臓がんを検索記録から見つけ出す
 この研究は、MSの基礎研究機関「マイクロソフトリサーチ」のエリック・ホロビッツ博士、ライアン・ホワイト博士と、コロンビア大学大学院博士号取得候補者のJohn Paparrizos氏によるもの。医療関係者向け情報誌「ジャーナル・オブ・オンコロジー・プラクティス(腫瘍学実践ジャーナル)」のウェブサイトに7日、論文が発表された。

 研究は、MSの検索エンジン「Bing」のユーザーを対象に、膵臓(すいぞう)がんについて行われた。論文タイトルは『ウェブ検索記録からのシグナルを利用した膵臓腺がんスクリーニング検査:実現可能性研究と結果』というものだ。

 国立がん研究センター「がん情報サービス」によると、膵臓は体の深部に位置し、他の臓器に囲まれているため、がんの発見が非常に難しい。また早期のこのがんには特徴的な症状がないため、早期発見が難しいという。日本では毎年3万人以上が膵臓がんで亡くなっている。MS公式ブログによると、膵臓がんは、アメリカのがんによる死亡のうち、4番目の主原因だという。膵臓がんは死亡率が際立って高く、転移の早いがんで、発見したときには手遅れということもしばしばだ、と同ブログは語っている。

 同ブログは、膵臓がんはこの研究にとって、多くの点でうってつけのテーマだったと語っている。その理由は、膵臓がんは一連の微妙な兆候を生じさせるからだという。皮膚のかゆみ、体重減少、色の薄い大便、繰り返す背中の痛み、目と肌のかすかな黄疸といったものだが、これらはたいてい、病人に医師の処置を求めるよう駆り立てはしない、と同ブログは語っている。

◆特定のクエリで膵臓がんと診断された人を特定
 MSは、ユーザーがBingで使用した検索クエリ(語句)を匿名化した上で保存している。研究チームはこの匿名データを使用しており、実際に膵臓がんの診断を受けた人と、検索履歴をひも付けすることはできない。そこで研究チームは代わりに、「近い過去に膵臓腺がんと診断されたことを示唆する特有の検索クエリを使った検索者を特定」した(論文より)。

 つまり、ある種のクエリを使用したことをもって、その人が実際に診断を受けたことの代用とした。いわば「推定診断」だ。MS公式ブログによると、「近い過去に膵臓がんと診断されたことの強い証拠を提供するクエリを使用した人」を、どのように特定したかは、論文中で詳述されているという(データの性質上、現実との「答え合わせ」はなされていないはずだ)。

 そして研究チームは、この推定患者が、診断を受けたとおぼしき時期の前に、病気の兆候について行った検索を分析し、前兆となる可能性が最も高いパターンを特定したそうだ(MS)。

 結果として、それらのパターンを用いて、患者のうち5~15%について、将来的に「膵臓がんの診断を受けたと強く示唆されるクエリ」を使用すると予測できる、というのが研究チームの結論だ。この際、偽陽性率が10万分の1ないし1万分の1と非常に低いものとされていることは特筆に値する。研究チームが慎重に述べたところを、乱暴に、近似的に言い換えると、一部の患者に関しては、医師の診断が下るより先に、膵臓がんにかかっていることを検索行動からかなり正確に推測できる、ということだ。

◆早期発見、早期治療の可能性が高まりそう
 推測可能な患者の割合は、決して高いものではないが、それでもその患者にとっては、早期発見、早期治療の可能性を高めるものとなりうる。インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ紙(INYT)によると、研究の示唆するところでは、スクリーニング検査により、膵臓がんの5年生存率は、わずか3%(アメリカの場合)から、5~7%まで上昇する可能性があるという。

 ホロビッツ博士は、この方法は、将来的には患者とその医師が、何週間、何ヶ月も早く膵臓がんと診断し、治療を開始できるようにする新形態のスクリーニング検査の実現可能性を証明するものだと語った(MS)。ただしこの研究で、平均して診断よりどのくらい早く推測できるのかは、MSは伝えていない。

◆「医療コミュニティーと協同したい」
 INYTは、この検索情報について何をすべきかを案出することが、当然の次のステップになるだろう、と指摘している。1つの可能性は、ユーザーが自分の検索クエリの監視を委託するという保健サービスだろう、としている。遠回しな言い方だが、MSが「マイクロソフト・ヘルス」という健康管理サービスを提供していることを踏まえて、その一環として提供される可能性がある、とほのめかしているのだ。研究チームの1人、ホワイト博士はマイクロソフト・ヘルス担当最高技術責任者(CTO)である。

 もっとも、MS公式ブログによると、MSにはこの発見に関連した製品を開発する計画はない、と博士らは語ったそうである。そうではなく、博士らは、この研究が医療コミュニティーを広範囲に刺激し、このようなスクリーニング検査手法について、談論風発することを期待しているという。

 ホワイト博士は医療コミュニティーに対し、「この種のスクリーニング検査を可能にするため、私たちと協同してほしい」と述べている(MS)。

Text by 田所秀徳