ロッテのお家騒動はアジア特有のリスク?「経営陣交代の仕組みが不明確」と米紙指摘

 ロッテの創業者一族による後継者争いが、連日韓国メディアを賑わせている。日本では主に菓子メーカーとして知られるロッテだが、韓国ではホテルやデパート経営にも手を広げる巨大財閥として知られている。そのため、韓国社会の関心は日本よりもはるかに高い。報道が加熱する中、「日本発祥の在日韓国人による同族経営」という韓国ではあまり知られていなかった実態が浮き彫りになり、「ロッテは韓国企業か、日本企業か」(朝鮮日報)という財閥のアイデンティティを巡る議論に発展している。あいまいな立ち位置を利用して外国企業としての優遇措置を受けながら、国内で急成長したのではないかという批判もくすぶっているようだ。

 米国メディアもこの「お家騒動」に関心を示している。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は、アジアで目立つ「同族経営のリスク」という視点で、この問題を取り上げている。

◆不明瞭な経営実態を背景にした骨肉の争い
 ロッテの創業者、シン・キョクホ(辛格浩、通名・重光武雄)氏は日本統治時代の朝鮮(現・韓国)生まれで、第二次大戦中の1942年、20歳で日本に移住した。戦後間もなく、チューインガムの製造・販売に乗り出し、1948年にロッテを設立。1960年代に里帰りの形で韓国に進出した。韓国では菓子メーカーにとどまらず、ホテルや百貨店、テーマパークなどを経営する巨大財閥に成長した。キョクホ氏は現在92歳。2009年に社長を退いて会長になり、長男と次男に事実上の経営を任せている。

 その長男と次男による後継者争いは、今年1月に表面化した。日本事業のトップだった長男のシン・ドンジュ(辛東主、通名・重光宏之)ロッテホールディングス(HD)副会長が、取締役会で突然役職を解任された。当初は老齢のキョクホ氏が、韓国事業を率いていた次男のシン・ドンビン(辛東彬、通名・重光昭夫)氏に経営権を譲り、日韓事業の一本化を図るという見方がなされていた。しかし、7月27日のロッテHDの取締役会に兄のドンジュ氏が車いすの父を伴って現れ、その場で弟のドンビン氏を含む6人の取締役を解任。その翌日にはドンビン氏が反撃して父のキョクホ氏を会長職から解任した。ドンビン氏は兄が高齢で判断力の鈍った父をそそのかして経営権を奪おうとしたとし、自身を含む取締役の解任は無効だと主張した。

 ロッテグループの中心は、日本の持ち株会社であるロッテHDであり、最終的な後継人事は株主の意向で決まる。しかし、同族経営のロッテは非上場企業であるため、正確な株主構成は不明だ。韓国のロッテグループとの関係も不明瞭で、後継人事の行方は混沌としている。ロッテは近く、騒動を解決するための緊急株主総会を開くとしているが、韓国のハンギョレ新聞は「兄弟の争いがどう展開するか正確に予測するのは不可能だ」と書いている。

◆韓国では「外国企業として優遇されてきた」という批判も
 韓国のロッテグループは5番手の財閥として知られ、事業規模と売上は日本よりもはるかに大きい。その一方で、今回のお家騒動が報じられるまで、ロッテのルーツが日本にあることを知らなかった韓国人も多かったようだ。ドンジュ、ドンビン兄弟の母親は日本人だが、フォーブス誌は「多くの韓国人は新聞記事を通じて反目し合う兄弟の母親が日本人女性の重光初子だと知り、驚いた」と記す。また、日本事業を率いてきたドンジュ氏が流暢な日本語を話す一方、たどたどしい韓国語しか話せないことをテレビで目の当たりにした韓国の視聴者は、大きなショックを受けたようだ。

 こうした「驚愕の事実」をきっかけに、「ロッテは韓国企業なのか日本企業なのか」という議論が韓国内で巻き起こっている。韓国事業を率いるドンビン氏は韓国ロッテグループを「韓国企業だ。株の95%は韓国からのものだ」とメディアに答えているが、実態を疑問視する見方も強い。朝鮮日報は「学界では一般に支配株主、経営権の所在で外国企業かどうかを判断する」とし、韓国籍の一族が支配してきたロッテは、「その見方によって韓国企業だとみなされてきた」と記す。

 しかし、同紙は「今回の経営権をめぐる対立で、韓国のロッテ系列企業全体を日本企業が支配している事実が明らかになり、その日本企業の株主が誰か分からないことで論争がエスカレートしている。法的、制度的な基準からみて、ロッテは韓国企業か、それとも日本企業なのか」と疑問を呈する。朝鮮日報は別の記事で、1960年代の「里帰り」以降、韓国ロッテが急速に勢力を拡大できたのは、深刻な外貨不足に悩んでいた当時の政府と利害関係が一致し、外国企業としてさまざまな優遇措置を受けてきたからだとも指摘している。

◆同族経営企業の75%がアジアに集中
 一方、WSJは、ロッテのお家騒動は、アジア特有の「同族経営」のリスクを露呈したと記す。「一部のアジア諸国では、一族の周辺で形成される企業は信頼提供に寄与しているが、高度の汚職や弱い法の支配の中にある」と、同族経営企業に関する著作のある香港中文大学のジョセフ・ファン教授はWSJに語っている。

 クレディ・スイスの最近の調査によれば、世界の一族所有大手企業(市場価値が少なくとも10億ドルで、一族の持ち株比率が20%以上)のうち約4分の3(約75%)はアジアに本拠を置いているという。北米は6%に過ぎない。WSJは、「年配者を敬うアジアの文化的伝統は、経営陣交代の明確なメカニズムの欠如と相まって、多くのアジアの企業指導者に80代、90代になるまで権力の座にとどまらせている」と指摘。その例に、スズキ自動車の最高経営責任者(CEO)、鈴木修氏(85)も挙げている。

 フォーブス誌の引用によれば、韓国英字紙、コリア・タイムズも「エスカレートする争いは、古臭い、不透明な経営システムを露わにした」と、同族経営の弊害を批判している。そうしたスタイルは、「経営の安定と持続的な成長を危機に陥れる」と同紙は記している。

Text by 内村 浩介