依存症者にヘロインを配る、スイスの薬物対策 「注射室」は見学可
日本では、著名人が薬物使用で逮捕されることが相次いでいる。ヨーロッパでも薬物は蔓延していて、スイスでも薬物の所持や使用は違法だ。しかし、その対策は日本とは違う面があり、ヨーロッパでは重度の薬物依存者たちには特定の施設でヘロインを無料で与えるといった急進的な政策がとられている。最近では、ノルウェーで試験的に実施された。スイスでは、この無料処方はもう20年以上行われている。処方の目的は、これらの人たちが犯罪を起こすことを防止するためでもあり、心理的なサポートを受けたりして社会から孤立するのを防ぐためでもある。
◆スイスの薬物問題 死亡者多数で悲惨な時代
スイスでは薬物禁止法が1924年に制定され、アヘン(ヘロインの原料)とコカインが禁じられた。1975年には大麻が禁止になった。
スイスの薬物使用は、60~90年代半ばに、とくに金融都市チューリヒで深刻な事態に陥った。始まりは、1960年代のヒッピー(アメリカから世界へ広まったカウンターカルチャー運動に参加した人々)だった。ヒッピーたちは、繁華街の決まった場所に集まって大麻を使い始め、70年代に入るとヘロインやコカインも使うようになった。そして、薬物使用のたまり場は増えていった。そのころ、アルバニア、ナイジェリア、レバノンから大勢の薬物ディーラーたちがチューリヒにやってきたという。
救急車が年に800回もたまり場へ向かわなくてはならなかったり、薬物が原因で死亡した人も少なくなかった。たとえば1992年は、薬物依存が原因で全国で約420人が亡くなり、そのほとんどはチューリヒにおいてだった。たまり場は「ヘロイン地獄」「(注射)針の公園」などの名でも呼ばれて、チューリヒにとってはもちろん不名誉なことだった。
この薬物問題は筆者がスイスに住む以前のことで、実際の様子は目にしていないが、当時の写真や映像を見ると衝撃を受ける。多くの市民たちは大きな不安感を感じたのではないだろうか。筆者は知人から「ちょうどそのころ、チューリヒに住む友人の息子さんが高校生で、友達に誘われて薬物に手を出し、依存症になりました。治療がうまくいかず、働くこともできず、いまも薬物なしでは生きられないそうです」と聞いたことがある。
- 1
- 2