なぜロシアの弾道ミサイルの脅威が増しているのか ウクライナ防空網の現状

ロシア軍のミサイル攻撃で被弾したウクライナ・キーウの倉庫(8月5日)|Dan Bashakov / AP Photo

 ロシアがウクライナに向けて弾道ミサイルを発射した場合、防空システムが探知して迎撃するまでに使える時間は、わずか数分、時には数秒しかない。

 こうした時間的な余裕のなさから、キーウなどの都市は、壊滅的な被害をもたらす攻撃にさらされる危険が高まっている。ミサイルは極めて高速で急角度に落下するため、迎撃できるのはアメリカ製のパトリオット防空システムだけだとウクライナは説明する。しかし、自国を守るにはパトリオットの配備部隊も迎撃弾も足りないという。

 無人機のように飛行する巡航ミサイルと異なり、弾道ミサイルはロケットのように発射された後、音速の数倍の速度で標的に向かって急降下する。

 そのため、弾頭を探知して破壊するまでの猶予は大幅に短くなる。直近のキーウへの一斉攻撃のように、被害を防ぎ切れない事態が繰り返されている。この攻撃では、ビール工場、倉庫、郵便物の仕分け施設が標的となった。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は5日、少なくとも17人が死亡し、数十人が負傷したと明らかにした。

 王立防衛安全保障研究所(RUSI)で電子戦を専門とするトーマス・ウィシントン氏は、弾頭を迎撃する難しさをキャッチボールに例えた。弾頭は「非常に急な角度で、とてつもない速さで飛んでくる」とし、「ボールがものすごく速ければ、捕るのは難しくなる」と説明した。

 地上発射型の「イスカンデルM」は、ロシア軍の主力弾道ミサイルだ。空中発射型の「キンジャル」もある。ロシアはさらに、防空用のS300やS400を地上目標への攻撃に使っている。「ツィルコン」は厳密には極超音速対艦巡航ミサイルだが、弾道ミサイルに近い速度で飛ぶため、同じように迎撃が難しい。

 ロシアが使用する中でも特に危険なミサイルから、ウクライナを守る上での課題を見ていく。

◆パトリオットで一定の防御は可能
 ウクライナに供与されたパトリオットのうち、最も高性能なタイプは、高速ミサイルの迎撃を想定して設計されている。PAC3は、迎撃弾を目標の近くで爆発させるのではなく、高い機動性を持つ迎撃弾を飛来する弾頭に直接衝突させる方式を採用している。パトリオットは数分のうちにミサイルを追跡し、軌道を予測して迎撃弾を発射しなければならない。最後に迎撃できる時間が数秒しか残らないこともある。

 ウクライナ空軍報道官のユーリー・イフナート氏によると、現在ウクライナ軍が運用する防空システムのうち、ロシアのイスカンデルM、S400、ツィルコンを迎撃できるのはパトリオットだけだ。アメリカと同盟国は、終末高高度防衛ミサイル(THAAD)や海上配備型イージスなど、ほかの弾道ミサイル迎撃システムも運用しているが、ウクライナには供与していない。

 ただし、パトリオットを配備しても、必ず防げるとは限らない。パトリオット部隊が近くにいなかったり、迎撃に適した位置に配備されていなかったり、迎撃弾が不足していたりする場合、ウクライナのほかの防空システムの大半では代替できない。

 ウクライナには、すべての都市を守れるだけのパトリオット部隊がない。ロシアは弾道ミサイルに巡航ミサイル、ドローン、おとりを織り交ぜて攻撃する。このため防衛側は多数の脅威を同時に追跡し、限られた迎撃弾の使いどころを慎重に見極めざるを得ない。

◆迎撃弾不足は世界規模で深刻化
 アメリカとイスラエルがイランと交戦した際、パトリオットとTHAADの迎撃弾が大量に使われたため、迎撃弾不足はさらに深刻になった。AP通信の分析では、アメリカが保有するパトリオット迎撃弾の在庫は、交戦前の水準から少なくとも65%減ったと推定される。一方、アメリカ国防総省は、十分な備蓄を維持していると説明している。

 生産を増やしても、不足をすぐに埋めることはできない。アメリカの防衛大手ロッキード・マーティンは2025年、PAC3 MSE迎撃弾を600発以上納入した。2030年末までに年間生産能力を2000発に引き上げることを目指している。北大西洋条約機構(NATO)によると、ヨーロッパで初となるパトリオットミサイルの生産施設は、9月にドイツで開設される見通しだ。

 アメリカ政府の姿勢も変化している。ドナルド・トランプ大統領は先月、トルコで開かれたNATO首脳会議で、ウクライナにパトリオットを製造するライセンスを与えると表明した。ところが約3週間後には、最終決定には至っていないと述べた。ライセンスが認められたとしても、ウクライナ国内で生産を始めるには数年を要すると、当局者や専門家はAP通信に語った。

◆ウクライナは「矢」ではなく「射手」を狙う
 ウクライナは、ミサイルが発射される前に、ロシアの発射装置や関連インフラを破壊することも目指している。飛んでくる「矢」ではなく、それを放つ「射手」を狙う戦略だ。

 協議の事情を知る複数の関係者がAP通信に語ったところによると、ゼレンスキー氏はトランプ氏に対し、ウクライナ軍がロシア国内の標的を狙う作戦で衛星通信サービス「スターリンク」を使えるよう、実業家のイーロン・マスク氏から許可を得るために協力してほしいと求めた。マスク氏はロシア国内での同サービスの利用を制限している。

 スターリンクを使えるようになれば、ウクライナのドローンが発射装置や関連インフラを探し出しやすくなり、パトリオット部隊が迎撃しなければならないミサイルの数を減らせる可能性がある。この要請について、ホワイトハウス、ウクライナ大使館、スペースXのいずれも公には確認していない。

 ウクライナ政府はまた、パトリオットへの依存を減らすため、ウクライナ主導で低コストの弾道ミサイル迎撃システム「フレイヤ」の開発を進めている。ウクライナとヨーロッパ9か国は7月、共同のミサイル防衛能力の構築を目指す連合を発足させた。ゼレンスキー氏は、12か月以内に量産可能なシステムを共同開発できると述べた。フレイヤは現在も開発段階にあり、運用を始められる時期は見通せていない。

 ロシアによる直近のキーウへの弾道ミサイル攻撃を受け、ゼレンスキー氏は、ウクライナが2026年上半期に受け取った防空ミサイルは、前年同期の3分の1にとどまったと述べた。迎撃弾の供給を直ちに増やす意思のないパートナー国は、代わりに新たな制裁を科すべきだと主張した。また、ロシアの弾道ミサイル生産のかなりの部分が、依然として制裁の対象になっていないと指摘した。

By ILLIA NOVIKOV Associated Press

Text by AP