教皇の「AIを武装解除せよ」の真意とは 回勅『マニフィカ・フマニタス』を読む

アンソロピック共同創業者オラー氏と挨拶を交わすローマ教皇レオ14世(左)|Alessandra Tarantino / AP Photo

 ローマ教皇レオ14世が5月25日に発表した初の回勅『マニフィカ・フマニタス(大いなる人間性)』が、AI業界でも注目を集めている。発表会には、AI企業アンソロピックの共同創業者クリス・オラーも招かれた。この回勅は何を問題視し、なぜ教皇は「AIを武装解除せよ」と訴えたのか。

◆レオ13世の「社会回勅」を意識したAI時代の責任
 教皇の回勅は、産業革命に伴う貧富の格差や労働問題といった社会の変化を捉えて発せられた、レオ13世の回勅『レールム・ノヴァールム(新しき事柄について)』の公布からちょうど135年目の日に署名された。現教皇は「レオ」という名を決めた時から、社会の大きな激変期を導いたレオ13世と、新しい変化の時代を生きる自身の役割を重ね合わせていた。回勅でも、レオ13世から現代に至るまでのカトリック教会社会教説の歴史的な流れについて触れている。

 「テクノロジーと支配」と題された回勅の第3章で、教皇はAIに関する責任、透明性、ガバナンスについて次のように語る。「AIを倫理的に中立なものとみなすことはできない。(中略)システムがどう設計されているか、背後にあるデータやモデルに、人間や社会に関するどのようなビジョンが埋め込まれているかを精査しなければならない」。また、AIを競争のための新しい武器とするのではなく、「AIを武装解除」するべきだとも語る。「武装解除するとは、テクノロジーの拒絶ではなく、それが人間を支配するのを防ぐこと。テクノロジーを独占的支配から解放し、議論と討論の場を開き、それによってテクノロジーを人間に寄り添ったものにし、人間の多様な文化や生活様式へと取り戻すことを意味する」

 さらに、AI技術革新の根底にある最適化や効率化といった考え、あるいはトランスヒューマニズム、ポストヒューマニズムといったイデオロギーに対しても、教皇は警鐘を鳴らす。進歩の名のもと、人類の最適化とされるものを追求するなかで、最も脆弱な人々への負担が「必要な犠牲」として正当化され始める可能性もあると語った。

◆専門家による内部的視点からの解説
 イタリアのイエズス会神学者であり、バチカン文化教育省の次官を務めるアントニオ・スパダロ神父は「イクエーター」のインタビューに応じ、レオ14世の回勅は「AIについての文書」あるいは「テクノロジーそのものを批判するもの」という誤解もあるが、本質的には「人間であることの意味」を問うものだと解説。回勅が示唆するリスクとは「機械が人間になることではなく、人間が自らを機械に格下げしてしまうこと」、また重要なのは「テクノロジーそのものの是非ではなく、テクノロジーが生み出す権力や富をいかに分配すべきかという点」だと説明した。

 またスパダロは、教会はこれまでもテクノロジーに関する問いかけを行ってきたとしつつ、今回の回勅にまつわる新しい二つの試みについても語った。一つは、『マニフィカ・フマニタス』がラテン語の原本なしで起草・発表されたという前例のない手法。これには専門家だけでなく、すべての人々を対象にするという意図がある。そしてもう一つが、回勅が署名された翌日に、教皇がバチカンの7機関にまたがるAIに関する省庁間委員会を設立し、1年ごとの輪番制でコーディネーションを行う決定を下したこと。「ピラミッド型ではなくネットワーク型というその形態自体が、立ち向かうべきテクノロジーを反映している」とスパダロは分析した。

 公式発表の場に招かれたアンソロピックの共同創業者クリス・オラーは、回勅を受けてのスピーチで、以下の3つの領域に関して教会の声が最も重要になると語った。一つは世界の貧困層に対する義務、つまりAIの利益を世界にどう配分するかという点。次に、人類の繁栄に関する道徳性を持った想像力と大志の必要性。そして、開発者自身も完全に把握・予測しきれない部分があるAIモデルの本質に対する判断力の必要性だ。そして、教皇が回勅で示したような、AI開発者以外からの建設的な批判を歓迎すると呼びかけた。

Text by MAKI NAKATA