「犠牲は西海岸より北東アジアで」米国で浮上する対北朝鮮「予防戦争」 その可能性は

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 2度の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験を強行した北朝鮮に対し、国連安全保障理事会は5日、石炭などの輸出を禁止する経済制裁決議を全会一致で採択した。決議案を作成したアメリカでは、その効果に期待する一方、北朝鮮を現段階で攻撃する「予防戦争」の是非が論じられ始めている。マクマスター米大統領補佐官(国家安全保障担当)は、安保理決議があった同じ日に、MSNBCのインタビューに対し、政府関係者として初めて、予防戦争もオプションの一つだと言及した。これらを受け、他のメディアも関連記事を掲載している。

◆「日韓を犠牲にしてでも……」米本土防衛を優先
 予防戦争(preventive war)とは、敵が有利に戦争を開始するのを防ぐために、先手を打って仕掛けていく戦争のこと。発射直前のミサイル基地を叩くといった目前の直接的な危機を排除するために行う先制攻撃よりも、さらに早い段階で攻撃を仕掛けて敵を無力化することを目指す。将来的な危険を排除する目的を持って行われるため、「予防戦争」と呼ばれる。

 政治専門紙ザ・ヒルは「予防戦争は、冷徹な判断のもと、選択的に行うものだ。今まさに攻撃しようとしている相手に対する先制攻撃や実際に攻撃してきた相手と戦う防衛的な戦争とは違う」と説明する。そして、「普段は堅実なリンジー・グラハム上院議員と一部のホワイトハウスの高官たちが、北朝鮮に予防戦争を仕掛けることを話し合い始めた」と、米国内の情勢を報じている。そして、北朝鮮情勢の現状を「我々が予防したかった状況を既に通り過ぎようとしている」と書く。

 同紙によれば、グラハム上院議員は、メディアに対し、「戦争が起きるのならばアメリカ西海岸で起きるよりは北東アジアで行われる方がましだ」「カリフォルニアで犠牲者が出るよりも同地域で犠牲者が出る方が良い」などと語り、米本土に被害が及ぶ前に北朝鮮を叩く意義を説いたという。ザ・ヒル紙も、北朝鮮が米本土を攻撃可能な核ミサイルを獲得することを防ぐための「推奨されるコース」は予防戦争だと主張する。そして、「誤解を恐れずに言えば、それは北朝鮮との破壊的な戦争の序章にすぎない。韓国と日本に何千人もの犠牲者が出るだろう」と書く。

◆予防戦争が実現する可能性は低い
 とはいえ、ザ・ヒル紙も現実に予防戦争が行われる可能性は極めて低いと見る。アメリカが近年行った予防戦争と言えば、大量破壊兵器を隠し持っているとして行ったイラク戦争が思い起こされるが、「我々は戦術的には成功したが、莫大なコストに対して得たものは少なかった」と同紙は書く。
戦争遂行には議会の承認が必要だが、「全ての議員はこのイラクの例を念頭に置いている」と、議会は同じ轍を踏むことを恐れているのが現状だと見ている。また、識者らの間でも予防戦争は不公正な戦争だという見方が強く、国の倫理的な土台を揺るがす懸念も指摘されている。

 また、たとえ議会の承認が得られても、最前線となり、大きな被害を受けることが予想される韓国と日本を説得するのは、非常に難しいと同紙は見る。その「日韓の平和主義」をクリアしたとしても、果たして効果的に北朝鮮の核・ミサイル施設を叩けるか。これにも疑問が残る。北朝鮮のミサイル施設の多くは地下にあり、米情報当局もその全貌を把握しているわけではないのだ。ザ・ヒル紙は「自分たちが何を知らないのか理解していなかったイラクのケースよりも、さらに難しい」と見る。

 中国の存在もやっかいだ。今回の国連制裁決議には賛成に回ったものの、戦争が起きれば北朝鮮の側につくことも十分に考えられる。米中関係専門家のアイザック・ストーン・フィッシュ氏はガーディアン紙に寄せた記事で、真の敵は操り人形でしかない小国の北朝鮮ではなく、黒幕の大国中国であり、トランプ政権は北朝鮮のミサイル実験に目を奪われるあまり、その点を見失っていると警告。戦争の火種は北朝鮮だけでなく、尖閣諸島にも、南シナ海にも、中印国境地帯にも十分にあると見る。ザ・ヒル紙は、米朝戦争が勃発した場合、最も中国が取りそうな行動は、「中立を装いつつ、北朝鮮に武器・物資を供給し、外交的に我々を非難してアメリカが負けるように動くこと」だと予測している。

◆米朝戦争を避けるには
 もちろん、戦争をせずに危険を取り除くことができれば、それに越したことはない。エコノミスト誌は、ずばり「北朝鮮との核戦争をいかにして防ぐか」という記事でその方法を検討している。同誌は予防戦争、あるいは先制攻撃は完全に成功しなかった場合、全面戦争に発展し、事態が悪化するリスクが高いと指摘。その場合、最終的には金王朝が崩壊し、北朝鮮で何十万人もの市民が死に、韓国の首都ソウルは破壊され、日本の駐留米軍や米本土の都市への核攻撃もありえると見る。

 そのため、米側から戦争を仕掛けるのは無謀であり、避けるべきだというのが同誌の主張だ。さらに外交努力も最終的に失敗すれば、「残るたった一つのオプションは金(正恩)氏を思いとどまらせ、自暴自棄な行動を阻止することだ」と書く。そのために、トランプ大統領は、アメリカは自ら戦争を始めることはないと明言したうえで、北朝鮮から攻撃された場合は即座に反撃することも再認識させる必要があるとする。金正恩氏に対し、ミサイルを撃てば独裁者として贅沢な暮らしをする人生を失うことをしっかりと認識させれば、無茶はしないだろうという考えだ。

 同誌はまた、アメリカは日本と韓国に対し、引き続き核の傘で守ることを保証し、両国で展開するミサイル防衛網も強化しなければならないと主張。これは、北朝鮮への抑止力となるだけでなく、日韓に独自に核を保有する道を取らせない意味もあるとしている。一方、中国が恐れるのはアメリカとの戦争の結果、金王朝が崩壊し、統一朝鮮ができて駐留米軍と直接対峙することだと同誌は見る。トランプ政権は「それが起きないことを中国に対して保証しつつ、長い目で見れば貧しく暴力的で不安定な国であり続けるよりも、統一された方が良いことを中国に理解させなければならない」としている。

Text by 内村 浩介