トランプ大統領誕生、日本への影響は? 台頭する中国、揺れるアジア:海外メディアの視点

 8日の米大統領選で、世論調査の結果とメディアや識者の予想に反し、共和党のドナルド・トランプ氏が勝利した。「アメリカ・ファースト」を掲げ保護主義に傾く同氏の主張は、これまでアメリカが主導してきた自由貿易の流れに逆行する。また、安全保障面でも、さらなる負担をしなければ同盟国との関係を見直すという発言もしており、新大統領の誕生は、日米関係に大きな変化をもたらしそうだ。

◆アメリカのアジア戦略の転換期
 海外メディアは、トランプ氏の勝利で、過去数十年にわたって用いられてきたアメリカのアジア戦略が大きく転換する可能性があることを指摘している。エコノミスト誌は、開かれた貿易とそれによる繁栄、日、豪、シンガポールなどの同盟国との強い絆、民主主義の価値観の普及促進が3本柱であったが、はたしてトランプ氏がこれらに関心を持つかは定かではないと述べる。

 ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)も、半世紀以上にわたり、アジアは自由貿易と相互同盟関係へのアメリカの強い関与から恩恵を受けてきたが、トランプ氏当選でそれも終わりそうだと、アジアの政治家と市民は考えていると報じる。

◆日本でのTPP法案可決。無駄に終わるかも
 各メディアが総じて指摘するのは、TPPの消滅だ。米公共ラジオネットワークのNPRは、オバマ大統領は法案が大統領選後に議会で承認されることを望んでいたが、新政権により来年に施行されることのない協定を共和党のリーダーが可決したがるわけはないとし、これをもって「TPPの死」と、各国が認識すべきだろうと述べる。

 フォーチュン誌は、TPPは貿易協定でありながらも、アジアにおけるアメリカの影響力を高め、アジア回帰への必要不可欠な要素であり、「経済のNATO」とも言えるものだったが、選挙戦でトランプ、クリントン両氏から叩かれ、暗礁に乗り上げたとする。トランプ氏は中国がアメリカの雇用を奪っていると批判し、高関税をかけて懲らしめるかのような発言をしているが、同誌は、アメリカがTPPから抜ければ、アジア諸国は中国との関係強化を迫られると指摘し、それにより中国のアジアにおける影響力が、確実に高まるという識者の意見を紹介している。

 日本では、TPP法案は10日可決され衆院を通過したが、アナリストのイェスパー・コール氏は、安倍政権は中国との新しい付き合い方も見つけなければならないと指摘し、トランプ氏が強硬になればなるほど、日中関係改善の可能性も高まるとしている(ディプロマット誌)。

◆米への猜疑心。日本は独自に防衛強化?
 安全保障に関しても、メディアの注目が集まる。フォーチュン誌は、トランプ氏が日本や韓国に対してさらなる金銭的負担を求めたうえ、中国や北朝鮮に対抗するために核武装をすべきと述べたことで、同盟国に疑念を持たせてしまったと指摘する。エコノミスト誌は、今アメリカがすべきことは友好国に継続的して関与することを示し安心させることだが、トランプ氏はそこを理解しているようには見えない、と述べる。当選を期待されていたクリントン氏はアジア政策が骨の折れる仕事だと理解しており、能力あるスペシャリスト・チームを準備していたということだ。

 対照的に、エコノミスト誌によれば、ほとんどの共和党のアジア通はトランプ氏との関係を否認しており、だれがスペシャリストとしてトランプ氏に仕えるかは明らかではないとしている。自民党の外交部会の阿達雅志議員は、トランプ氏の政策移行作業チームには200人しかおらず、まずは国内政策に焦点が当たるはずと述べ、外交政策を固めるには半年はかかるだろうと指摘しており(ロイター)、当分の間はアジアや日本どころではなさそうだ。

 不透明な状況のなか、日本においては、台頭する中国や不安定な北朝鮮を前に、核武装論まではいかずとも、より強い独自の防衛政策を求める声が保守から高まるだろうとロイターは指摘する。もっとも、一般の国民はその方向に向かうことには消極的で、予算と人員の点からも無理ではないかという外交官の意見も紹介されている。

Text by 山川 真智子