中印両軍が1ヶ月以上対峙する異常事態 88㎢の土地めぐりお互い引けない事情

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 現在、ヒマラヤ山脈に位置するわずか88㎢の土地に対して、世界中の注目が集まっている。ドクラム高地と呼ばれるこの地は、中国、インド、ブータンの3ヶ国の国境と接しており、30年以上にわたって国際問題化されている係争地だ。このドクラム高地をめぐる中印両国の緊張関係について迫る。

◆40日以上にわたる中印両軍の対峙
 ことの発端は今年の6月中旬。ブータン政府が「中国人労働者によるドクラム高地での軍用道路の建設」を発見したことに始まる。これに対し、ブータンの同盟国であるインドは、中国の動きを牽制するために同地に軍隊を派遣した。中国当局は、「道路建設はあくまで自国内で行われた事業である」という立場で、インド側を非難し撤兵を要求。7月7~8日にドイツで開催されたG20サミットでも、インドのモディ首相と中国の習近平国家主席の個別会合は行われず、ドクラム高地において中印両国の軍隊がわずか150mの距離で対峙するという異常事態が40日以上にわたり続いている。

 その後、「新興5ヶ国(BRICS)の安全保障高級事務レベル会議第7回会議」に出席するため、インドのドバル国家安全保障顧問が7月28日に訪中するも、依然事態は改善されていない。インドのトリビューン紙の報道によれば、「中国側の心変わりがない限りは、この問題が数ヶ月単位で長期化する」であろうことが懸念されている。

◆地政学的価値が大きいドクラム高地
 そもそも、ブータン西方のドクラム高地をめぐる国境紛争は、1890年締結の「チベット及びシッキムに関するイギリス・清国協定」にまでさかのぼる。イギリス領インド帝国と清朝中国という今や存在しない二国間で定められた当時の国境線協定においてですら、ドクラム高地は矛盾した扱いを受けており、ある条文では「インドの保護国であるブータンの領有」を認める一方、「中国の領有」を明記する文言も見受けられる。その後、2017年現在に至るまでブータンと中国(共産党政権)は正式な国交を結んでおらず、同地の領有権については棚上げされた状態となっている。

 その反面、ドクラム高地の地政学的価値は、中印両国にとって非常に大きい。この高地の南方に位置する「シリグリ回廊」は、最小幅わずか32kmほどの狭い地域でありながら、インドの中枢地帯と北東部を結ぶ同国最重要地域であるためだ。つまり、インド側が危惧するところは、「万が一、中国がドクラム高地を領有すれば、さらに南下してシリグリ回廊に侵攻し、インド北東部(4,500万人の人口を擁し、イギリス国土と同面積を誇る)を分断するであろう」という最悪のシナリオなのだ。

◆中印対立から安倍政権の外交を考える
 ブータン、中国間の係争地・ドクラム高地をめぐる当事国の立場について、整理しよう。

 現在、インド側は中印両国の同時撤兵を要求しているが、中国側は「まずインドこそ撤兵すべきだ」と主張し、両国の妥結には至っていない。しかし、両国にも弱みが存在する。

 もしインド側が「自国のみ先んじて撤兵」という宥和的な弥縫策をとれば、同盟国ブータンに対する面目を完全に失うこととなる。ブータンは、同じく仏教国であるチベットを中国が併合して以降、中国に対する恐怖感情からインドに接近してきたため、インドを同盟相手として見限る可能性もある。

 一面、インドとの国境紛争の長期化は、中国側にとっても望ましくない。インドは、中国の提唱する経済圏構想「一帯一路」で重要な一角を担っているが、今回の国境紛争により、中国に対する協力をさらに拒絶することが、容易に予想される。結果として、世界経済における中国のイニシアチブが大幅に低下することは否めないであろう。

 最後に視点を日本に転じると、安倍政権は、中国の「一帯一路」に対しては、5月の国際会議に代表団を派遣するなど、積極的な態度をとっている。その一方で7月には、ベンガル湾に自衛隊を派遣し、インド、アメリカとともに10日間の海軍演習を実施し、中国への牽制も行っている。経済では中国、安全保障ではインドと、核保有国でもあるアジアの二大国を両天秤にかける日本。「ドクラム高地」問題は日本にとって対岸の火事でなく、対中国、対インドの日本外交における重要な転換点となるかもしれない。

Text by 天城修