トランプ大統領がパリ協定から離脱することは世界にとって良いことだ

Joseph Sohm / Shutterstock.com

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著:Luke Kempオーストラリア国立大学 Lecturer in International Relations and Environmental Policy)

 アメリカがパリ協定を離脱すべきではないという考えは陳腐であり、誤りだ。アメリカの離脱は国際的な気候変動対策にとって最善の結果となるだろう。

 5月末に行われたG7首脳会議の後、トランプ大統領がパリ協定離脱にかかわる決断を下す際、彼の側近の意見は二つに割れた。最高戦略責任者のスティーブ・バノン(Steve Bannon)氏は、離脱推進派の主導者で、国務長官で元エクソンモービルの最高経営責任者のレックス・レィラーソン氏は、米国が引き続き「(交渉の)テーブルの椅子」を保持すべきだと主張していた。

 パリ協定そして25年もの間、国際的な気候変動対策を監督してきた国連の気候変動枠組条約(UNFCCC)から離脱することまでもが、大統領の権限の範囲内にある。

 気候に関する研究論文を扱う月刊誌「Nature Climate Change」に掲載された論評で、私はアメリカの離脱によって気候変動対策コミュニティのリスクは最小限になり、さらにチャンスが最大化されると主張している。簡単に言えば、アメリカとトランプ政権が協定の枠内にいる方が、離脱するよりも大きな弊害となる可能性があるということだ。

 アメリカがパリ協定に参加することで生まれる主要なリスクは4つ:アメリカが排出量の目標を達成しないこと、気候変動対策のための予算を削減すること、他の国にも「ドミノ倒し」効果が波及すること、そして国連協議の妨げになることだ。

◆重要なのは資金と排出量
 最初の2つのリスクについては、離脱によって悪影響を受けることはない。アメリカはCO2の排出削減量や発展途上国に向けた気候変動関連資金の提供拡大を誓約しているものの、パリ協定がそれを達成するよう強要することはない。この協定はあくまで手続き上のものであり、拘束力はないのだ。5年ごとに新たに、より厳しい目標を策定し誓約することになっているが、実際の目標達成義務はない。

 どちらにしてもアメリカは気候変動緩和目標を達成することはできないだろう。オバマ前大統領の「クリーン・パワー・プラン」以上の対策がなければ、2025年までにCO2排出量を2005年比26~28%削減するという目標を達成することはできない。そして、トランプ氏はこれらの政策を縮小することも決定しており、アメリカの排出量は2025年にかけて減少するのではなく、むしろ増える方向に向かっている

 同じことが国際的な気候対策関連基金の資金調達にも当てはまる。これもまた「アメリカファースト」の予算案により削減されることになる。その中にはすでに環境保護のため100億米ドル(約1兆1100億円)を調達している「緑の気候基金」も含まれる。アメリカは30億米ドル(約3330億円)を提供することになっていたが、今のところ寄付金額はわずか10億米ドル(約1110億円)だ。残金が支払われることはまずないだろう。

◆ドミノ倒し効果?
 第3のリスクはドミノ倒し効果だ。アメリカの行動が引き金となり、他の国々まで気候変動緩和対策が遅れ、目標を反故にし、離脱することになりかねない。しかし、アメリカの脱落に他の国々が追随する可能性を示唆する兆候はほとんど見られない。

 最近の歴史的な類似事案が京都議定書だ。アメリカはこれに署名したものの、批准することはなかった。当時のジョージ・W・ブッシュ大統領が批准しないことを発表した際、他国は議定書の危機を救うべく結集して2001年のマラケシュ合意を推進し、京都議定書のルールを強化した。

 ドミノ効果を引き起こす可能性が高いのは、パリ協定離脱よりもむしろ、アメリカ国内での動きだ。アメリカが緩和目標を達成しなければ、パリ協定の弱体性が露見する。このことで他国までが誓約を遅延し、タダ乗りする可能性さえある。

 パリ協定には公的な圧力と長期的な低炭素投資パターンを促す以外、大きな力はない。アメリカが背を向けることでパリ協定が中身のない、単なる「ショーアンドテル(自慢のものを見せて発表すること)」になってしまえば、その圧力も「投資シグナル」も効かなくなるだろう。気候変動抑制に役立たない協定であるとわかれば、投資家や国民からの信頼が失墜するだろう。

 第4のリスクは、アメリカが国際的な気候変動にかかわる協議を阻害する行動をとることだ。これは協定に参加していなければできない。米国が協定に残留する場合、協議における拒否権を保持することになる。

 協議が開かれるのは重要事項を話し合う時だ。現在は2018年の実行に向けて、「パリルールブック」と呼ばれる、協定での合意内容を実行するために定めた細則についての協議している。

 アメリカはその発言権と拒否権を行使し、そのルールを骨抜きにすることができる。エネルギー長官のリック・ペリー氏が示唆しているように、パリ協定改正を要求することで協議を引き延ばし、圧力をかける恐れもある。離脱の恐れが現実味を帯びているアメリカは、今後さらなる外交的な影響力を持つようになるかもしれない。

 このような観点から、ExxonMobilの元トップに「テーブルの椅子」を与えることがとんでもない考えであることがわかる。

◆新たなチャンス
 一方で、アメリカの離脱は、ヨーロッパと中国が新たにけん引役となる、といった好機にもなり得る。2016年のアメリカ大統領選挙をうけて、2017年のフランス大統領選出馬を表明していたニコラス・サルコジ元大統領は、アメリカからの輸入品に1~3%の炭素税を適用する考えを表明した。保護主義政策が、とりわけアメリカで高まっている今、炭素国境関税が政治的に、より受け入れられていく可能性がある。

 また、アメリカが離脱することにより、台頭する中国にとっては国際的な問題に関与を強める絶好の機会になり得る。これにより、中国と欧州連合(EU)の両者が、将来の再生可能エネルギー市場において、アメリカに先んじてさらに飛躍するチャンスとなるかもしれない。

 EUは以前にも、アメリカ不在の京都議定書を再度機能させ、再生可能エネルギーを推進すべくリーダーシップを示した。今回、ヨーロッパは同じことを、もう一つの大国のサポートを得ながら実行できる可能性がある

 このような連携にはさまざまな形が想定される。簡単な方法のひとつは、中国とEUの間で強力な気候変動対策のための誓約を交わすことだろう。それぞれの炭素取引制度を統合し、共通の炭素関税を適用することで、これを強化していける可能性がある。

 貿易措置およびEU中国間の気候変動対策連合は、パリ協定が成し得ないほどの効果を発揮することになる。しかし、アメリカの離脱という抜本的な外交の変化がなければ、どれも実現することはないだろう。つまるところ、アメリカが気候対策から抜けてくれた方が良いということは明白だ。

 パリ協定から離脱することと、UNFCCCから脱退することの違いをここで強調しておくべきだろう。後者のほうが、はるかに衝撃が大きく、ドミノ倒し効果を引き起こす可能性が高い。しかもそれはアメリカがもはや国際社会に向けてCO2排出量やその取り組みを報告する法的義務を持たなくなることを意味する。これではアメリカが気候対策問題から完全に手を引くことになってしまう。

 この先アメリカの大統領となった者は、行政協定により簡単にパリ協定に再加入することができる。対照的に、UNFCCCを再批准するには、初批准時の1992年以降党派の分裂が進む米国上院での投票が必要となる可能性がある。しかし、アメリカはUNFCCCから撤退することで、より幅広い協議での拒否権を失い、政治的に排斥されるため、その妨害行動の脅威が軽減されることになるだろう。

 このように問題はあるにしろ、協定の場合同様、基本的な「リスクとチャンスの計算式」が当てはまる。ドミノ倒し効果はより高くなる可能性はあるが、それでも全体的には撤退が望ましいのだ。

◆参加は目くらまし
 アメリカに残留を求めるには、近視眼的な、思慮の浅い反応だ。国際社会が憂慮すべきなのは、アメリカが国際社会で象徴的に協力しているか、ということではなく、実際の国内行動のほうだ。

 国際社会は、アメリカがパリ協定を離脱するという象徴的なジェスチャーを行うことを致命的に恐れているようだ。しかし、トランプ氏が国内の気候対策を縮小した際にはそれほど懸念されることはなかった。

 EUの気候担当委員であるミゲル・アリアス・カニェテ(Miguel Arias Cañete)氏は先日、パリ協定が化石燃料の継続的な使用を認め、「新しいアメリカ政府が独自の道筋を描く」柔軟性を提供すると述べた。

 これは本当にホワイトハウスに送る価値のあるメッセージなのだろうか:紙の上で協力してくれていれば、パリ協定の目的や精神を露骨に侵害しても良いというのか?象徴主義が行動よりも重要になったと考えられる状況は憂慮すべきものだ。

 批判の焦点となるべきなのは参加ではなく、政策だ。でなければ、パリ協定が外交上のイチジクの葉(隠れみの)に過ぎないこと自ら証明してしまうことになる。

 パリ協定が弱体化する恐れがある中で、気候変動防止に向けた国際的な取り組みは強固であり続けることができる。トランプ氏による離脱の衝撃により、別の大胆なリーダーシップが、別のどこかで発揮できるようになる。そしてそのことが国際的な取り組みを強化することになるかもしれない。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by isshi via Conyac

The Conversation

Text by THE CONVERSATION