ワード・オブ・ザ・イヤーが映す今の世界 「post-truth」が煽る「xenophobia」
流行語を振り返ると、その年の社会情勢がよくわかるものだ。2016年、権威あるオックスフォード辞書のワード・オブ・ザ・イヤーに選ばれたのは、「客観的な事実やデータよりも、都合の良い事実を都合よく解釈・利用して大衆の感情に訴えかける」というような意味の形容詞、post-truthだ。post-truth politicsなどの形でよく使われるが、Brexitやアメリカ大統領選の結果を考えると納得がいくだろう。他にはどのような言葉が流行ったのだろうか。
◆政治状況を反映する言葉が多数流行
同辞書のワード・オブ・ザ・イヤーの候補に上がった他の言葉を見ると、Brexiteer「Brexit支持者」、alt-right (alternative rightの略)「オルタナ右翼」、woke「(おもにstay wokeの形で)社会の人種差別などに目を光らせること」、glass cliff「女性やマイノリティが管理職になるまでの、よりリスキーな環境」など、ナショナリズム、レイシズム、セクシズムに関わるものが多かった。
また、オンライン辞書大手ディクショナリー・ドットコム独自のワード・オブ・ザ・イヤー2016はxenophobia「外国人嫌い」だった。これは実際の検索数に基づくもので、イギリス国民投票直後の6月24日に最高値を記録。ちなみに、オバマ大統領のスピーチ直後の6月30日にはpopulism「大衆迎合主義」の検索数が最高値を出している。
◆使われすぎて「もういらない語」
一方、過度の使用・誤使用が目立つ「追放語」を選ぶレイク・スペリオール州立大学のBanished Words 2016では、不正確な表現が目を引いた。ビジネス用語のprice point「価格地点」や、学界でよく使われるproblematic「問題的な、不確かな」などはそれぞれprice、problemでよいはずだし、press releaseやpress conferenceの短縮形とされるpresserは、そもそも圧搾機や皺伸ばし器(またはそれを使う人)のことなので意味として間違っているというのが選評委員の意見だ。
確かに、価格「帯」ならまだしも価格「地点」というのは無用な補足だし、学者がよく使うproblematicも、選評委員の意見にあるように、はっきり「問題である」というのを避けたぼやけた表現のように思われる。ちなみに、筆者が2016年9月にオーストリアのウィーンで参加したとある学会では、学者たちがこぞってprecarious「不確かな」という言葉を連発していた。学界では不用意な断定は問題となるし、また特有の流行りの言い回しがあるのかもしれないが、むやみやたらと使うのも考えものだ。
◆2016年に一気に台頭
不穏な言葉が多く流行った2016年だが、注目すべきは、Brexitのような「かばん語」(複数の語の一部を組み合わせた造語)はともかく、post-truth、alt-right、woke、populismなどの言葉自体はとくに目新しいものではないという点だ。特定の環境で使われていたそれらの語が、一気に広まる状況が2016年にあったというわけだ。
政治・社会状況を考えると、残念ながら2017年も引き続きこれらの語が頻用されそうだ。ただし、post-truthとはすなわちlies「嘘」であり(ガーディアン、エコノミスト)、alt-rightはracists「人種差別主義者」である(NYT)と認識しようとする風潮も広まりつつある。
そういった風潮を考えると、ひょっとすると2017年には重言(じゅうごん)や間違った短縮系、またポリティカル・コレクトネスを意識して下手に真意をはぐらかすような曖昧な表現ではなく、的確で、かつウィットに富む表現が多く登場するかもしれない。