“被害者側がなぜ閉じ込められるのか” 女性専用車両、オーストラリアで導入の是非めぐり議論

 日本ではすっかり一般的な存在となった女性専用車両。海外でもイラン、インド、エジプトなどで導入例があるが、「自己責任」や「ジェンダーフリー」の文化が浸透している西欧社会からは、成功例が聞こえてこない。そんななか、今、オーストラリア・シドニーの地下鉄で導入の是非が議論されている。英デイリー・メール紙によれば、やはり反対意見が優勢なようで、有名なフェミニストからも「逆に男性を隔離する車両を用意した方がいい」などと皮肉られているという。ドイツでも先週、地方鉄道路線での導入が発表された。こちらは移民問題が絡む複雑な事情を抱えているようだ。日本では定着した「女性専用車両」だが、両国ではどのように捉えられているのだろうか。

◆豪世論は「男性専用車両こそ必要」
 日本以外で女性専用車両が導入され、ある程度受け入れられているのは、メキシコ、エジプト、インド、イラン、ブラジルなど。一方、欧米先進国での実績は皆無だ。イギリスでは、1874年に導入されたが、利用率が限りなくゼロに近く、長年にわたって有名無実化していた(1977年に正式に廃止)。昨年、野党労働党の党首選に絡み導入の議論が再燃したが、今のところ実現には至っていない。

 イギリスでの議論は「導入せず」の方向でいったん収束しているが、今度は南半球に討論の場が移っている。3年前から女性専用車両の導入を検討してきたシドニーの公共交通機関の労組が、ここに来て実現を強く推す考えを示しているのだ。現地当局によれば、昨年9月までの1年間で、シドニーの鉄道関連施設内で女性6人、男性6人が重大な性犯罪の被害を受けたという(デイリー・テレグラフ)。より軽微なわいせつ行為の被害は女性142人、男性24人。労組の取りまとめでは、2012年からの3年間で女性に対する暴行事件が2859件あったという。労組のトップはこれを危機的な状況と見て、「女性と子供が安心できる空間を提供しなければならない」とメディアに語っている。その提案内容は、午後8時以降の夜間に限って女性専用車両を運用するというもので、非常ボタン・監視カメラの増設と駅員による巡回の強化も盛り込まれている。

 しかし、この提案、市民からは総スカン状態のようだ。デイリー・メールに至っては、「通勤客とフェミニストを含むあらゆる層から批判されている」と記す。オーストラリアで有名なフェミニスト・作家のエヴァ・コックス氏は、皮肉を込めてテレグラフに次のように語っている。「女性を特別車両に閉じ込めるより、酔っ払って不穏な空気を出している男たちを専用車両に隔離した方が良いでしょう。潜在的な犯人を閉じ込めるか女性から離す方が、よほど効果的」。男性側も辛らつだ。現地ラジオ・パーソナリティーのベン・フォーダム氏は「俺みたいな男から女性を守るというこのアイデアは、カンペキにバカげている」と皮肉った。オーストラリアでは、“隔離”が多くの人に屈辱的な仕打ちだと受け止められているようで、犠牲者側の女性たちに屈辱を強いるのではなく、「代わりに男性専用車両を作ればいい」というコックス氏と同様の意見が多くのコメンテーターから上がっているという。

◆ドイツの「女性専用車両」は移民対策?
「世界中が狂ったのか?オーストラリアだけなのか?」という声も報じられているが、どうやらドイツがその一歩先を行きそうだ。先週、地方鉄道会社のMitteldeutsche Regiobahn(中央ドイツ・レギオバーン)が、主要路線のライプチヒ―ケムニッツ線で、車掌室に隣接して女性専用車両を設けると発表。「単独の女性客や小さな子供を連れた女性を守るため」としており、10歳までの男児も乗車できるとしている。

 複数の英メディアは、この時期にドイツで馴染みの薄い女性専用車両の導入が決まったのは、「移民による集団性暴行事件」の影響だと報じている。昨年の大晦日、西部ケルンの中央駅で、アルジェリア系・モロッコ系が中心と見られる男たちの群衆(1000人とも言われる)が、道行く女性の体を触るなどの狼藉を重ねたとされる事件だ。

 そのなかで、先週、この大晦日事件初の逮捕者が出た。レギオバーンの女性専用車両導入の発表は、この逮捕劇の直後だったため、「鉄道会社が事件への対応に乗り出した」という論調で報じられる結果となった。ただし、英インデペンデント紙によれば、同社は公式に事件との関連を否定し、広報担当者は単に「女性や子供の安全確保のため」としか述べていない。かつてユダヤ人に対して人種隔離政策を行い、鉄道輸送力をフル活用して強制収容所に送った歴史を持つドイツでは、デリケートな人種問題が絡む「移民」と「女性専用車両」を公式に結びつけて語るのは難しいであろう。市民の反応も、「黙して語らず」といったところか。

◆日本在住の外国人は歓迎
 オーストラリア、ドイツ両国で今後女性専用車両が普及するかは未知数だが、日本のように常識に近い形にまで広がることは、当面はないであろう。では、日本通の欧米系の外国人は一様に否定的かというと、特に女性はそうでもないようだ。英インデペンデント紙の東京在住経験のある女性記者は、昨年夏に発表された記事で「短期的には(痴漢被害防止の)有効な解決策」と、日本の女性専用車両を肯定的に書いている。

 日本在住歴20年のニュージーランド人女性、ルイーズ・ジョージ・キッタカさんも、在日外国人向けの情報サイト『Gaijin Pot』に、日本の女性専用車両を紹介するブログ記事を寄せている。ルイーズさんは、日本の女性専用車両は歴史が古く、早くも1912年には東京の中央線に登場したと紹介。当初はあまりの混雑により女性や子供が体力的に乗車できない事態に対処するためだったが、近年の女性専用車両は「痴漢被害防止」という別の目的で導入されているとしている。

 ルイーズさん自身は明確に賛否を示していないが、年頃の娘を持つ日本人女性と横浜在住のサラさんという「ブロンド女性」の肯定的な意見を紹介している。電車通勤するサラさんは、「あれば必ず女性専用車両に乗る」という。過去に痴漢被害に遭ったことがあり、「あのおぞましい目には二度と遭いたくない。痴漢のリスクを最小限にするためなら、なんでもやる」と、女性専用車両を活用しているのだと語る。ルイーズさんは、「男性が全員痴漢予備軍扱いされている」という外国人男性の不快感も紹介しているが、こうした見方は女性専用車両の充実がますます進む日本では、広い支持は得られないだろうとしている。

Text by 内村 浩介