中国船爆破のインドネシア、強硬路線に転換したのか? ジョコ大統領の構想と特有の政治構造

 中国とインドネシアの関係が、3月頃から急速に雲行きが怪しくなっている。その原因は、インドネシア領ナトゥナ諸島沖での一件だ。違法操業の中国漁船を拿捕したインドネシアの警備艇が、その曳航中に中国側の警備艇に体当たりを受け漁船を奪い返されてしまったという出来事である。このことは当然ながら、インドネシア市民に衝撃と怒りをもたらした。メディアもそれを大々的に報じ、今や中尼関係の動向は全国民の関心事となった。だが、当のインドネシア政府は「特有の政治構造」が足かせになっているようだ。

◆強気の海洋水産大臣
 まずはインドネシア政界の特殊事情について理解する必要がある。インドネシアでは、省庁間ないし閣僚間の温度差があまりに激しい。たとえば高速鉄道計画をめぐる混乱や、外国人労働者に対して一律にインドネシア語試験を課すか否かで起きたちょっとした騒動もそこに原因がある。日本のとある新聞記者がジョコ・ウィドド大統領に対し「労働省が計画しているインドネシア語試験について、どうお考えでしょうか?」と聞いた際、ジョコ大統領は「そんな計画があるのか?」と返したというエピソードすらある。

 この度の中国船騒動でも、そうした温度差が垣間見えた。まず現地報道で目立つのは、2人の女性閣僚である。1人はスシ・プジアストゥティ海洋水産大臣、もう1人はルトノ・マルスディ外務大臣だ。特にスシ大臣は、今や現地メディアでその顔を見かけない日はないというほどだ。中国の警備艇による違法漁船奪還を受け、スシ大臣は「中国がこの先態度を変えないのなら、我々は国際法廷に訴える」と発言した。この言葉は現地系メディアだけではなく、CNNやBBCといった外国メディアでも取り上げられた。またスシ大臣は、ナトゥナ諸島とその周辺海域は「インドネシア領である」と改めて宣言。一方でルトノ・マルスディ外務大臣も、中国政府に抗議の声明を出した上で駐インドネシア中国全権大使を呼び出した。

◆影の薄い大統領
 ではこれをもって「インドネシア政府は中国に対して強硬的になったか」というと、実はそうとも言い切れない。この問題では、ジョコ大統領の存在感が未だ薄いままである。スシ大臣があまりにインパクトのある人物ということもあるが、それにしても大統領たる人物がここまで目立たなくなっているのは若干不自然である。

 インドネシアでは4月12日から16日まで、多国間共同軍事訓練『コモド2016』が実施された。これは35ヶ国が参加した大規模演習で、アメリカやロシアはもとより日本と中国も参加している。「中国との関係が悪化しているから、その牽制目的で行われた」という演習ではない。

 これに合わせ、ジョコ大統領は中国共産党が派遣した使節団と会談している。現地大手紙テンポによるとジョコ大統領は、高速鉄道計画のみに留まらないプロジェクトや経済的合意について、より良い発展が望めるよう40分の会談のなかで語り合ったという。コモド2016のコンセプトと、中国共産党使節団との会談。この2つの要素が、ジョコ大統領の外交姿勢を映し出しているようだ。

◆インドネシア流バランス外交
 ジョコ大統領は、バランス外交に徹しているとも見える。こうした姿勢は、実は前政権からも垣間見えていた。スシロ・バンバン・ユドヨノ前大統領は「アジア不戦条約構想」というものを打ち出していたことがあったのだ。日中を含むアジアの主要国と米露を調印に参加させることにより、アジアに恒久的な平和をもたらそうという構想である。そしてその仲介役は、当然ながらインドネシアである。つまり「自国が弱いからこそのバランス外交」ではなく、「自国の存在感を示すためのバランス外交」というニュアンスが強くあるということだ。

 だがその発想が、インドネシアの諸大臣の間に溝を生み出しているというのも事実らしい。先述のスシ大臣は中国籍を含む違法漁船の拿捕と爆破で、国民の喝采を浴びている。これは「我が国の領海で操業するなら手続きを踏まえなさい」という意味でもあり、たとえば日本もマグロの供給問題について谷崎泰明駐インドネシア大使がスシ大臣と会談を重ねている。昨年2月13日に配信されたテンポの記事によると、マグロの減少が深刻化したフィリピン沖に変わりインドネシア領海が注目されてきているという。

 こうして見ると、スシ大臣も「外国漁船に強硬的」なのではなく「管理の不徹底を是正したい」という目的で事に望んでいるということが読み取れるのだ。

Text by 澤田真一