オバマ大統領の広島訪問に向けケリー氏が試金石 ホワイトハウスが謝罪の有無に敏感な理由

 5月のG7伊勢志摩サミットに先立ち、10・11日、G7広島外相会合が開催された。その関連行事として、外相らは広島市の平和記念公園を訪れ、平和記念資料館(原爆資料館)を見学、原爆死没者慰霊碑に献花した。核保有国の米英仏の現職外相が同公園を訪問したのは今回が初めて。なかでも、ケリー米国務長官の訪問は、欧米メディアの大きな注目を集めた。原爆を投下したアメリカは政府関係者の被爆地訪問を見送ってきた歴史がある。核兵器廃絶を目指すオバマ政権下でこの流れが変化している。今回のケリー長官の訪問は、オバマ大統領の訪問の下地作りという見方も強い。

◆米閣僚の被爆地訪問は初めて
 ケリー国務長官はアメリカの現職閣僚として初めて被爆地を訪問した。米連邦政府の行政府の中では、被爆地を訪問したこれまでで最も高位の役職者でもある。政府全体では、立法府(議会)から、2008年に当時の下院議長ペロシ氏が広島を訪問したのが、大統領権限継承順位に基づくとこれまでで最も高位の人物となる。ケリー長官の訪問は、アメリカが繰り出してきた新しい動き、あるいは日米関係の新たな地平だ。フィナンシャル・タイムズ紙(FT)は、歴史に残る訪問と形容している。

 BBCは、ケリー長官の訪問が意義深い理由を説明する中で、アメリカの外交関係者は一般に被爆地への公式訪問を避けてきた、と語る。駐日アメリカ大使が原爆忌の記念式典に出席するようになったのも、オバマ政権誕生以降の話で、当時のルース大使が2010年になってようやく広島の平和記念式典に出席したのが最初だった。AP通信は原爆投下から65年かかった、と伝えている。

 それというのも、アメリカの国民世論では、原爆投下は早期の戦争終結をもたらし、米兵士の犠牲も最小限に抑えたもので、正当なものだったという見方が強いためだ。BBCは、多くの米国人が、原爆投下は戦争を終わらせるために必要だったと考えており、自国の指導者らが、謝罪とみなされるかもしれないいかなる行動を取ることも望んでいない、と語っている。インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ紙(INYT)は、原爆投下についてアメリカが謝罪をしようとしているというかすかな兆候でもあろうものなら、政治的に破滅を招きかねない、と語っている。

◆「謝罪をしないこと」が米国内で重視されている?
 よって、今回のケリー長官の訪問でも、英ガーディアン紙や露RTを含め、欧米メディアの多くが、ケリー長官が謝罪をしなかったことに注目した。米国内ではそれが重要なことだからだ。FTは、ケリー長官が原爆死没者慰霊碑に献花した際のしぐさに注目し、遺憾の表出ではあるが反省の表出ではないことを慎重に示して、腰をかがめたり頭を下げたりはしなかった、と語っている。

 また公園訪問の前日10日に、米当局者が、ケリー長官は今回の訪問で謝罪をしないという点を明確にしたことも、ワシントン・ポスト紙(WP)などが報じていたが、これは米国内向けの発言だろう。この人物は、訪問が過去ではなく未来志向のものであることを強調していた。ケリー長官自身も同様に語っている。

 一方、INYTは、日本政府は原爆投下の謝罪をアメリカに要求したことは一度もない、と伝えている。AP通信は(今回の訪問に際して)日本政府当局も、被爆者団体も、アメリカに対して謝罪を迫らなかった、と伝えた。日米の報道を比較してみても、「謝罪」はむしろ米国内でホットなテーマであるようだ。

 また朝日新聞は、ケリー長官に同行した米政府高官が公園訪問について、「日米の和解が並外れたレベルにまで達したことを示すことになるだろう」と語っていたことを伝えている。この発言は図らずも、原爆問題に関するかぎり、日米間でまだ戦後が残っていることを露呈しているようだ。

◆ケリー長官の訪問の反応を見てオバマ大統領は訪問を検討?
 来月、オバマ大統領はG7伊勢志摩サミットのために来日する。その際、現職の米大統領として初めて被爆地を訪問するのではないかという推測が、今回のケリー長官の訪問によって一層かき立てられており、欧米メディアからの注目度も高い。

 INYTは、ケリー長官の訪問が、オバマ大統領がサミット期間中に広島を訪問し、新たな歴史を刻むかもしれないとの推測を生み出していると語る。オバマ大統領は2009年の就任からまだ日が浅い頃、プラハにおいて「核兵器のない世界」を目指すと演説で語った。しかしながらその実践は困難で、広島への訪問は、大統領としての任期の最後の年に、この取り組みに新たに生気を吹き込むための方法だとみなしている者もいる、とINYTは語る。

 FTは、ケリー長官の訪問は重要だが、来月のG7サミット後にオバマ大統領が特別な訪問を実現すれば、その象徴的意義はより大きなものとなるだろう、と語っている。だがやはり国内的にはデリケートな部分があるようだ。FTは、オバマ大統領が、どのような形であれ原爆投下を謝罪していると取られた場合には、国内での批判に直面するだろう、と語る。しかし広島訪問は大統領のレガシーを積み増すことになるだろう、と指摘している。また、オバマ大統領の訪問が実現すれば、安倍首相にとっても重要な勝利とみなされるだろう、と語っている。

 ホワイトハウスは今回のケリー長官の訪問を通して、大統領の訪問についての国内世論をうかがっている、というのがブルームバーグの見方である。大統領が訪問すれば、国内で論争を引き起こし、後任になることを目指している候補者間の議論を引き起こすかもしれない、とブルームバーグは語っている。大統領にとってはリスクがあるのだ。

 このように被爆地訪問はオバマ大統領にとって冒険的な要素を含むので、任期最後の年というタイミングは、むしろ格好のものだろう。オバマ大統領はこれまでの任期中に3回訪日しているが、一度も広島を訪問していない。

 AP通信は、大統領はG7サミットの際、広島を訪問するかについて、まだ決断していないと米政府高官が匿名で語ったことを伝えている。WPは10日の記事で、ホワイトハウス当局は、ケリー長官の訪問の受け取られ方を注意深く観察するだろう、と語り、それが当局の判断で役割を果たすと予想されていると語る。とはいえ、当局者は、根底的な障害はないとほのめかしたそうだ。

 もしオバマ大統領の被爆地訪問が実現すれば、その布石として、外相会合の場所を広島に選んだことは、日本政府にとって時宜を得た良策だったと言えるだろう(ホワイトハウスと調整した上で選んだことも当然考えられるが)。

Text by 田所秀徳