ドイツを変質させる集団暴行事件…“政府は真実を伝えていない”“戦後の秩序が壊れていく”

 ドイツのケルンの鉄道駅近くで、昨年大みそかに起きた外国人とみられる集団による女性を主に狙った暴行・略奪事件が、ドイツ社会に衝撃をもたらした。反移民グループが事件を利用し政府批判を強めるなか、一般の穏やかな市民の間にも不安が広がっている。

◆移民の犯行か?市民もショック
 BBCによれば、ケルンの事件では500件を超える暴力行為による被害の届け出があった。ドイチェ・ヴェレ(DW)によれば、12日現在で、ケルン警察は10人の亡命申請者と9人の不法滞在者を容疑者として特定。そのうち14人はモロッコ人ということだ。

 事件後すぐ、犯人はアラブ系の外国人だったという証言が出たため、「西洋のイスラム化に反対する愛国的欧州人(PEGIDA)」などの移民や政府の難民政策に反対するグループが抗議活動を展開。それに対するカウンタ―デモも登場し、ここ数日はケルンには緊張した雰囲気が漂ったという(DW)。

 ドイツのテレビ局、RTLの世論調査によれば、60%が事件後も外国人に対する考えは変わらないと述べたが、57%が記録的な数の亡命申請者流入に伴い、犯罪の増加を恐れていると回答した(AFP)。ケルンの事件の規模の大きさはドイツ人にショックを与えており、昨年入国した大量の亡命希望者にスポットライトが当たることになったとAFPは述べている。

◆問題のすり替え?
 メディアの中には、もともと女性に対する暴力の問題であった今回の事件が、移民を巡る政治的論争に置き換えられてしまったという見方もある。

 DWは、多くの女性のための人権活動家は、だれが事件を起こしたのかにかかわらず、強姦や性的嫌がらせ自体が問題だと見ていると指摘。反難民団体はただ外国人を憎む側に付いているだけで女性の側には立っていない、という主張を紹介している。

 アムネスティ・インターナショナルの「ヘイト・クライム」コンサルタント、アレクサンダー・ボッシュ氏は、「カーニバル」や「オクトーバーフェスト」などのドイツを代表する祭りの期間にも、性的暴力の被害届は何年にも渡り出ていると指摘。今まで誰も真剣に取り上げなかったのに、外国人が関わっていたと分かった途端に問題視されたと述べている(クリスチャン・サイエンス・モニター紙、以下CSM)。

◆社会不安、政府への不信が増大
 ガーディアン紙に意見を寄せたジャーナリストのジャビーン・バッティ氏は、今回の事件はドイツが岐路に立っていることを示したと述べる。同氏は、反移民勢力と難民に手を差し伸べる市民、メルケル首相を支持し始めた政治的左派とそれに反対する右派のように、分裂が広がっていると指摘。国民の中に、歴史を繰り返さないために慎重に築いた戦後のドイツ社会の秩序が壊れて行くのではないか、という不安があると述べる。

 BBCは、事件がもたらしたのは、社会を繋ぎまとめるには必要不可欠である、「信頼」の喪失だったと指摘する。公共放送ZDFがケルンの事件を伝えたのは発生から4日後で、事件は先にソーシャルメディアで広がったらしい。難民の犯罪に関わるニュースは発表するなという指示が警察内で出されていたと一部の新聞は報じており、政治家や官僚も、最近やってきた難民の事件への関与をすぐさま否定していた。国民の危機感に油を注いだのは、国家が真実を伝えていないという疑惑だったとBBCは述べ、政府への不信感はかなり広がっているという見方を示している。

◆メルケル首相にプレッシャー
 BBCによれば、ドイツは昨年すでに110万人の難民を受け入れており、真冬でも毎日3000人から4000人の移民が到着しているという。AFPはいまだかつてない数の難民をドイツが統合していけるだけの能力があるか疑問だという専門家の意見を紹介。連立与党内から難民受け入れ数に上限を設けることを求められたが、メルケル首相は拒否したという(BBC)。

 BBCは、ケルンの事件により首相の政治的権威は弱まったと指摘。短期的には持ちこたえるだろうが、春には州選挙が予定されており、その力が試されるだろうと述べている。

Text by 山川 真智子