スノーデン容疑者めぐる、米露の態度の変遷

 米当局が21日にスパイ活動取締法違反などの容疑で訴追し、香港当局に身柄の引渡しを求めながら、23日にモスクワに向かって出国し、以後行方が知れなくなっていた米国家安全保障局(NSA)の元契約職員エドワード・スノーデン氏の居所が、ついに明らかになった。
 モスクワに出国したこと、予約したはずの(エクアドルへの中継地である)ハバナ行きの便に乗っていなかったことが確認されて以来、モスクワ市内にいるとはされつつも、詳細な居場所については、ロシア当局に拘束されている可能性や、安全な「隠れ家」に潜伏した可能性まで、さまざまな憶測が飛び交っていた。
 ただし、24日にラブロフ外相が、「スノーデン氏はロシアに入国していない」と発言した経緯から、同氏は空港内にとどまっている可能性が強いとの見方が優勢だった。
 今回、プーチン大統領が、スノーデン容疑者はモスクワ市内の空港の乗り継ぎエリアで待機している、と述べたことは、この見方を裏付けるものとなった。

【プーチン大統領、スノーデン氏の「ロシア通過」を見過ごしか】
 ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、プーチン大統領は、米国に対し、刑事事件容疑者の国際的引渡し条約を締結していないこと、スノーデン氏がロシア国内に入っていないことを根拠として、ロシア当局が積極的にスノーデン氏の身柄を拘束し、米側に引き渡す予定はないと発言している。「スノーデン氏は自由の身であり、出国先を早く決めることは、本人にとっても、われわれにとってもよいことだ」と語った。
 さらに、大統領は、スノーデン氏のロシアへの来訪は、同国政府にとって「全くの予想外」だったと述べ、「この件がわが国の米国との関係にいかなる影響も与えぬことを望んでいる」とした。
 
 KGBの出身であるプーチン大統領は、「ロシアの諜報機関は過去にも、現在も、スノーデン氏とは無関係だ」としながら、最近のテレビ番組で、半ば冗談めかして「アメリカの監視システムに関して、彼に聞いたことでわれわれの知らなかったことは何もなかった」と語ったともいう。同大統領は、ウィキリークスの代表であるアサンジ氏やスノーデン氏を「人権擁護の戦士」のようなものだと位置づけ、「(そうした人々を)刑務所に送るべきかどうかには議論があるが、わたしはそもそも、その議論に踏み込もうとも思わない。なぜなら、それは、子豚の毛を刈るようなもので、労多くして得るものは少ないからだ」と語ったという。

【ロシアに対し、態度を軟化のホワイトハウス】
 一方の米側は、ロシアに対し態度の軟化が伝えられている。
 ニューヨーク・タイムズ紙の報道によれば、ケリー国務長官は、24日、スノーデン氏が香港からロシアに発ったことを知ったあと、激しい不快感を表明していた。「中ロという、インターネットの自由がない国と手を組んだことからも、スノーデン氏のお里が知れる」といった、皮肉たっぷりの発言のほか、中ロが引渡しの要請を無視したとすれば「深刻な問題となる」うえ、「結果として間違いなく(中ロとの)関係に影響を与えるだろう」と述べるなど、報復措置までも示唆していたとされる。

 ところが、これに対し、ロシアのラブロフ外相が、米ロ間には犯罪者の引渡しを「義務付ける」いかなる法律的、条約的裏づけもなく、非難されるいわれはないと激しく反発した。

 ケリー氏は国務長官に就任以来、クリントン前国務長官との関係が冷え切っていた、ラブロフ氏との関係修復に努めてきた。そのため、機会あるごとに長い散歩を共にする姿が見られ、電話会談を行ってきたほか、シリア問題の解決において、米ロの協調関係を築くべく、最大限の努力を払ってきたという。
 こうした背景があってか、今回、ケリー氏はロシアに対する態度を軟化させ、米ロ間には条約などの履行義務はないと認めつつ、命令しているのではなく、あくまで「主権国家としての常識や、互いの法律への尊重に基づく要請だ」と述べたという。
 また、米ロの協調関係の必要性を強調し、世界で5カ国しかない国連常任理事国の一翼を担うもの同士としての「関係」を求めたという。

 ヘイデンNSC報道官も、スノーデン容疑者のパスポートを米当局が無効化したことや訴追されていることを挙げて、ロシアが直ちに容疑者の引き渡しに応じるべきだと改めて訴えつつも、「米ロ関係を悪化させたくない」としたプーチン大統領の発言には同意したという。

【議会から上がる怒りの声】
 しかし、こうしたホワイトハウスの「弱腰」に、議会からは怒りの声が上がっているようだ。
 確かに現在、アメリカが直面している外交問題の多くは、北朝鮮・イラクの核問題や、シリア内戦など、中ロの協力を必要とする。
 ただし、中国はアジア太平洋海域でのアメリカの存在感の増大を嫌っていること、シリアの「ポスト・アサド」体制における、ロシアの権利関係を米国が握っているなど、利害関係は双方向だ。

 にもかかわらず、余裕たっぷりに米国を「あしらってみせた」ロシアにおもねるような軟化姿勢に、強硬派のリンゼイ・グラハム上院議員らから、「今のアメリカは世界中の笑いもの。アメリカ合衆国大統領は世界で一番の発言力を持っているはずなのに、なぜそれを行使しないのか」などの批判が飛び出しているという。
 なかには、スノーデン氏の持ち出した「情報」はすでに中ロの手に渡ったと考えるべきだとして、政府の対応を非難する声もあるという。

【スノーデン氏はエクアドルにたどり着けるのか】
 ガーディアン紙は亡命希望先を当初の「アイスランド」から「エクアドル」に切り替えたスノーデン氏の選択を「正しい」と指摘した。
 エクアドルのコレア大統領は、多くの南米諸国のなかでも、えり抜きの、キューバのカストロ議長を師と仰ぐ社会主義者であり、「いかなる犠牲を伴おうとも」アメリカにたてつくことをいとわないだろうとする、識者の談を紹介している。
 長年、アメリカの支配下に置かれ、制裁や軍事的介入によって、「言いなり」にされてきた過去を持つ南米各国は、現在、アメリカとの関係を重視しつつも、そうした過去の因縁もあって「脱アメリカ」姿勢を鮮明にしている。
 もしもスノーデン氏が無事にエクアドルにたどり着き、亡命を認められさえすれば、南米諸国をめぐりながら、安く美味なロブスターに舌鼓を打ち、ビーチで寝そべり、美しい夕陽を眺めながら、インターネットで「情報戦争」に参戦することも可能だ。
 ただし、それは、無効化されたアメリカのパスポートの代わりに、ウィキリークスのアサンジ代表が手配に手を貸したという「エクアドルが臨時に発行した文書」を持って、無事にロシアで出国手続きを済ませ、中継国でも無事にアメリカの手を逃れれば、の話だ。
 もしもアメリカに拘束されれば、長い獄中生活を強いられるのは間違いない。

 アメリカの、スノーデン氏の運命やいかに。

Text by NewSphere 編集部