韓国大統領・文在寅氏に待ち受ける困難な舵取り THAAD・慰安婦合意見直し、6ヶ国協議

 韓国で9日に大統領選が行われ、文在寅(ムン・ジェイン)氏が10日に就任した。今回の投票率は80%近く、過去20年での最高値で、国民の関心の高さが伺える。緊張を増す朝鮮半島や、それを囲むアジア全域や日本そして太平洋地域に、新大統領の誕生がどのような影響を及ぼすのか、海外メディアの報道をヒントに考えてみたい。

◆9年ぶりに復活の太陽政策
 文氏の政策で特徴的なのは、CNNが「太陽政策への回帰」と表現する北朝鮮に対する外交政策だ。今回の選挙活動中、朝鮮半島の非核化に向けた最善の方法として、経済面を中心とした関わりを北朝鮮と持つことだと主張していたという。アトランティック誌は、朝鮮半島の段階的な経済的・政治的「統一」に向けた第一歩として、開城工業団地や金剛山観光地区の再開を文氏が提案していると伝えている。

 太陽政策は、1998年に当時の金大中(キム・デジュン)大統領から2008年に退任した当時の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領までの政権で取られた、北朝鮮に対して積極的に関与していく政策で、文氏はこの当時、盧武鉉大統領の秘書室長を勤めるなどしていた。CNNは、太陽政策がとられていたこの時期は、北朝鮮の核実験やミサイル実験が減少していたが、最終的には太陽政策は北朝鮮による核実験の阻止に失敗したと説明している。

 文大統領による韓国の対北朝鮮政策の転換が、朝鮮半島を変えるのではないか、と見る海外メディアは少なくない。ガーディアン紙は文大統領誕生が、北朝鮮との和解の到来を告げるかもしれない、と表現している。豪ニュースサイト『News.com.au』は、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が「ゲームの流れを変えるカードを手にするかもしれない」と書いており、文大統領の選出が朝鮮半島に大変化をもたらす可能性があるとしている。英国王立防衛安全保障研究所の核政策アナリスト、クリスティーナ・ヴァリアーレ氏はNews.com.auに対し、新大統領に対する北朝鮮の出方を待つ必要がある、と語っているが、BBCによると、北朝鮮は選挙前に、韓国の大統領候補として望ましいのは文氏だと表明していたという。

◆米中という大国の狭間で
 この対北朝鮮政策の方向転換に影響を受けそうなのが、北朝鮮への強硬姿勢を強めているアメリカだ。トランプ大統領はこれまで、北朝鮮の核実験を阻止するためなら軍事的手段を含むあらゆる選択肢を考慮している、と発言しており、経済制裁を強化したり、北朝鮮への経済支援をやめるよう中国に圧力をかけたり、最新のミサイル迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」を韓国で展開したりといった、「最大限の圧力」をかけると約束している、とアトランティック誌は伝えている。つまり両大統領は、北朝鮮政策においてほぼ対照的な考えを持っているのだ。

 文大統領はこれまで、前政権がアメリカと合意したTHAADの配備については、新大統領の判断であるべきだ、と発言していた。また、選挙に先立ち行われたワシントンポスト紙のインタビュー(5月2日付)では、民主的なプロセスを経ずに決断がなされたとして、THAAD展開に不快感を示し、「新政権がこの問題を再検討できるのであれば、新政権は国益と同時に国民の同意も取れる妥当な解決法を探るだろう」と発言していた。韓国の日刊紙ハンギョレの英語版は同じく選挙前の文氏の発言として、「すでに合意したものを覆すのは容易ではない」としながらも、公的な議論や議会の批准プロセスにかける機会を設け、中国とロシアに納得してもらうよう次期政権に任せるべきだ、との考えを示したと伝えている。

 そうなれば喜ぶのは中国だ。ワシントンポスト(5月8日付)によると、中国はこれまで、THAADの合意をやめるよう韓国に圧力をかけてきた。中国内に99店舗あるスーパーマーケット「ロッテマート」の一部を一時営業停止にしたり、韓国への団体旅行を禁止したりといった経済制裁を行い、韓国に対する報復措置をとったのだ。中国はアメリカのTHAAD展開について、北朝鮮のミサイルへの対応は単なる口実で、本当の狙いは中国の核抑止力の弱体化だと主張している。

◆オリーブは実を結ぶか
 英国のシンクタンク、王立国際問題研究所のジョン・ニルソン・ライト博士はBBCに寄せた記事のなかで、新政権は日本と2国間問題を抱える可能性があるとしている。慰安婦問題を再び持ち出すと見られているほかに、ライト博士いわく、安倍首相がアメリカ同様に北朝鮮に対して強硬姿勢を取っており、「トランプ大統領の一か八かの取り組み方を支持しているように見受けられる」からだ。

 ライト博士は、韓国を取り巻くこのような課題に対し、文大統領はかなりのレベルの外交的柔軟性、交渉面でのずる賢さ、政策決定における洞察力が求められると加えている。

 文大統領は選挙活動中、北朝鮮の非核化に向け、6ヶ国協議の再開を公約していた。2003年から6回にわたり、北朝鮮、韓国、中国、アメリカ、ロシア、日本の6ヶ国が北朝鮮の核開発問題について協議したものだが、2008年12月を最後に行われていない。再開すれば太陽政策同様に約9年ぶりの復活となるが、ライト博士が言う交渉術が大いに求められる場面となるだろう。

 フィナンシャル・タイムズ紙は、文大統領が「就任式でオリーブの枝を差し出した」と表現した。オリーブの枝とは当然、平和を象徴する聖書からの比喩だ。文氏は、太陽政策でノーベル平和賞を受賞した金大中元大統領に続いて朝鮮半島に和平をもたらし、果てはアジア・太平洋地域の緊張を解くことができるのか。文新大統領の手腕に世界中が注目している。

Text by 松丸 さとみ