GPIF運用、15年度赤字なら参院選への影響は必至 10~12月期黒字は“つかの間の安心”か

安倍首相

 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は1日、2015年10~12月期の運用状況を公表した。過去最大の赤字だった7~9月期から大きく改善し、4兆7302億円の黒字となった。これによってGPIFの運用資産額は、12月末時点で139兆8249億円となった。だが海外メディアの視線はすでにその先にある。今年1~3月期には運用成績は再び大幅な赤字になり、2015年度通期でも赤字になる可能性が高いとみられている。そのことが今年夏の参院選に影響を与える可能性も指摘されている。

◆投資配分を見直したことで株価と為替レートの影響を受けやすく
 GPIFは、その名のとおり、国民年金、厚生年金の年金積立金を管理・運用する独立行政法人である。年金基金として世界最大の運用規模を持つ。フィナンシャル・タイムズ紙(FT)は、GPIFについて、急速に高齢化が進む日本にとっての生命線だと語っている。

 2001年に年金資金運用基金として発足し、2006年にGPIFとなった。GPIFによると、市場運用を開始した2001年度以降の累積収益額は50兆2229億円に及ぶ(財投債分含む)。これは年率にすると2.99%となる。ブルームバーグによると、第2次安倍政権が発足した2012年末以降の運用収益は約27.9兆円だという。

 2014年10月に運用方針の見直しを行い、国内債券中心だった資産構成割合(基本ポートフォリオ)を改めた。それまでの基本ポートフォリオでは、60%の割合だった国内債券を35%に引き下げた。反対に、それぞれ12%だった国内株式、外国株式をほぼ倍の25%に引き上げた。また外国債券の割合も15%に引き上げ、資産全体で40%を外貨建て資産に振り分けることになった。

 この変更により、GPIFの運用成績は、株高と円安からより大きな恩恵を受けるところとなった(外貨建て資産を円で評価する際、購入時よりも円安であれば有利に働きやすい)。

◆1~3月期は再び大きく赤字との予想
 反対に、株安と円高は、現在の資産構成割合のGPIFにとっては、より悪影響を及ぼすものとなっている。そして、今年に入ってからは、まさにその状況が加速している。

 さらに、日銀のマイナス金利政策もGPIFの運用にとっては逆風となっている。GPIFの三石博之審議役が1日の記者会見で、日銀のマイナス金利政策は「まさにサプライズ。運用する立場では大変厳しい状況だ」と語ったことをブルームバーグは伝える。

 海外メディアの視線は、昨年10~12月期の黒字よりも、今年1~3月期に予想される(大幅な)赤字、また2015年度(3月期)通期での赤字の可能性に集中している。なお、昨年4~12月では5108億円の赤字となっている。

 ロイターは、株式市場は年初から下がり基調となっていて、GPIFは2015年度、東日本大震災のあった2010年度以来の年度赤字に陥るかもしれない、と語る。

 FTは、成長戦略「アベノミクス」が順調に進んでいるということを国民に納得させようと奮闘している日本政府は、GPIFが年内最大の黒字を発表したことで、つかの間の安心を得た、と語っている。だが、国内、外国株式市場が、これから3月末までに著しい回復を見せないかぎり、1~3月期のGPIFの運用成績は失望させるものとなるだろう、と語っている。

 ブルームバーグも、赤字から黒字に戻ったことで、安倍首相にはいくらかの息抜きが与えられたが、この黒字はおそらく、つかの間のものだったということになるだろう、と語っている。

◆GPIFの運用赤字はアベノミクス批判につながる
 このような表現から分かるとおり、FTやブルームバーグは、GPIFが行ったポートフォリオ見直しをアベノミクスと強く関連付けてとらえている。

 FTは、日本の株価は2013年から昨年末まで3年間にわたり回復し続けていたが、GPIFの株式へのリバランスは、日本の株式にしっかりした支持基盤を提供してきた、と語る。そして、安倍政権は、保守的な日本の世帯も、株価の持続的な回復を目にすることによって、貯蓄を銀行預金から国内株式市場にも分散するようになることを期待していた、と語る。

 そこで、これらのメディアは、GPIFの運用損が安倍政権にとって政治問題となることに注目している。

 FTは、GPIFのポートフォリオ見直しは国内の一部から批判を招いてきた、と語る。野党政治家はアベノミクスのもろさをしきりに強調したがっているとし、1月の衆議院予算委員会で、民主党の山井和則衆院議員が首相にGPIFの年初来の含み損について質問したことに触れた。この件についてはブルームバーグも触れている。

 1~3月期の運用成績が赤字であれば、それが発表される際には首相はさらに批判にさらされそうだ。GPIFのポートフォリオ見直しという措置が年金の貯えを危険にさらしているとの批判がその発表の際に再び高まりかねない、とブルームバーグは語る。

◆参院選直前に2015年度の赤字が発表されることは政権にとって望ましくない
 さらに、ブルームバーグは、この問題が今年夏の参院選に影響してくる可能性にも注目している。

「GPIFの運用成績はことによると、アベノミクスを安倍首相にとって不利なものに変えてしまいかねない問題だ」と、政治リスクコンサルタント会社テネオ・インテリジェンスの政治リスクアナリストのトバイアス・ハリス氏はブルームバーグで語っている。

 ニッセイ基礎研究所の井出真吾チーフ株式ストラテジストは、GPIFの運用状況が「このまま3月末を迎えると厳しい。GPIFは損失の責任問題などが取り上げられやすく、参院選で格好の攻撃材料にされてしまうだろう」とブルームバーグで語っている。

 今年度通期の運用成績が夏の参院選直前に発表されるため、「3月中に株価を引き上げておきたいのではないか」という市場の思惑がETF増額などの追加緩和期待につながり得ると井出氏は読んでいる、とブルームバーグは伝える。非常に慎重な表現だが、期待感が株価の上昇しやすい雰囲気を作るという意味かと思われる。

 メリルリンチ日本証券の大崎秀一チーフ金利ストラテジストは、「株価の大幅な反発がなければ、7月の参院選に向けて公的年金による日本株投資は続く」と推測したそうだ。これらはむしろ、参院選がGPIFの行動に影響を与えるとの観測だ。

◆株価が下落するとさらに株式を買い込むことに?
 現在、GPIFは基本ポートフォリオにおいて、国内株式の割合を25%としているが、12月末時点では23.35%と、これをほぼ実現していた。だが、今年に入ってからの株安と金利低下によって、この割合が低下しているはずだとの試算を大和証券が示していることを、ブルームバーグが伝えている。

 大和証券の1日のレポートによると、2月末の時点で、計算上、約21%にまでこの割合が低下しているという。そこで、この状態から25%まで引き上げるために、資産価格が一定などの前提を置くと、GPIFは国内株式を最大5.3兆円程度買うかもしれないという。GPIFには、目標水準から逸脱する自由裁量の余地(乖離⦅かいり⦆許容幅)もあるが、GPIFがさらに株式購入すれば、国内株式市場を支えるのに寄与できるだろうとブルームバーグは語っている。

 実際、GPIFがすでに国内株式への投資を増やしている兆しがあるという。GPIFを顧客として持つ信託銀行は、2月19日までの1週間で、国内株式を過去最大の5000億円分購入したが、これは13週間連続の買い越しだった、とブルームバーグは伝えている。

Text by 田所秀徳