豪潜水艦、日本も現地製造視野で巻き返しへ 一方、技術移転に懸念の声も

 9月29日、防衛省の石川正樹官房審議官は、オーストラリア海軍の次期潜水艦の選定競争に関連して、そうりゅう型潜水艦の全製造行程をオーストラリア国内の造船所で行う用意があることを、日本側代表として初めて公にした 。また、同氏は日本製潜水艦製造のためにオーストラリアのエンジニア数百人を訓練し、技術移転することも発表している。潜水艦契約の選定競争ではドイツ、フランスとの熾烈な競争が続いており、今回の石川審議官の発言や最近のオーストラリアの動向についても、複数の海外メディアが報じている。

◆契約が実現すれば日本には数兆円の利益が
 これまでオーストラリア政府は、日本・フランス・ドイツの3ヶ国に対し「全てオーストラリア国内で製造」「全て海外で製造」「国内・海外の両方で製造」の3パターンでのプラン提示を求めてきた。しかし雇用問題解消のため、オーストラリアでは議員らが「全てオーストラリア国内での製造」を求めて政府に要請するという動きがあった。こうした状況のもと、ドイツのティッセン・クルップ社(TKMS)とフランスのDCNS両社が、日本に先んじて「完全にオーストラリア国内での製造」を提案していた。契約が実現すれば、日本には数兆円 の利益がもたらされる見通しだ。なお、この契約には数十年に及ぶメンテナンスプログラムも含まれている。

◆ライバル国との競争に苦戦するも契約実現への意欲を示す日本側
 莫大な予算が動くこの選定競争については、以前から海外メディアの関心が高く、選定競争の現在の状況と今後の見通しについて海外メディア各紙が報じている。

 9月28日、アジア太平洋の外交専門メディアであるザ・ディプロマットは、「オーストラリアの新しい首相は、日本の潜水艦選定競争に悪影響か?」という記事を掲載した。同記事では、日本のそうりゅう型潜水艦が高性能であることを指摘したうえで、トニー・アボット前首相に比べると現首相であるマルコム・ターンブル氏は安倍晋三首相と親密でないこと、日本は長年武器輸出をしてこなかったためフランスやドイツに比べると売り込みノウハウに欠けていること、そうりゅう型潜水艦製造の莫大なコストなどが問題として挙げられ、日本の苦戦が報じられている。

 一方イギリスのクオリティペーパーであるガーディアン紙は、「オーストラリア政府がいかなるオプションを選んだとしても、我々は必要な技術を提供し、オーストラリアの産業を最大限に活用するつもりだ」との石川審議官の発言を掲載している。10月6日からシドニーで開催されるビジネスイベント「パシフィック2015」において日本側は2度目のプレゼンテーションを行う予定だが、同記事では石川審議官の「シドニーでは、巻き返しを図るためのより明確なメッセージを伝えられるだろう」というコメントも掲載され、日本側の強い意欲が報じられている。

◆戦後初の主要武器輸出―だが潜水艦の技術移転に懐疑的な意見も
 2014年4月、安倍内閣はこれまでの武器輸出三原則に代わる「防衛装備移転三原則」を閣議決定しているが、この潜水艦の選定競争が単なる巨額の外交ビジネスという枠組みにとどまるものでないことは明白だ。9月15日に日本経済団体連合会が「防衛産業政策の実行に向けた提言」を発表したように、現在経団連と政府は一体となって防衛産業の振興・拡大を目指している。先日可決された安保法制関連法案やマイ・ナンバー制度の導入に比べればオーストラリアの潜水艦選定競争は国内で報じられることは少ないが、防衛産業の拡大が安倍政権による重要な変革の一つであることは間違いない。

 この契約の意義について、ザ・ディプロマットは「三菱重工と川崎重工の契約受注が実現されれば、世界の防衛産業に普通に参加できる方向に近づくことになり、安倍政権にとっては大きな成功になるだろう」と日本の立場を解説している。同様にカナダのニュースメディアであるザ・カンバセーションズは、「実現すれば、日本にとって戦後初の主要な武器の輸出となる」としたうえで、契約の成立は「オーストラリアとの安全保障関係を強化するだろう」とつけ加えた。

 一方日本国内では貴重な潜水艦技術の移転に懐疑的な意見も少なくない。日本は過去に新幹線「はやて」の技術を中国に盗用 された過去があるが、オーストラリア側から中国など他国への情報漏えいがないとは言い切れない。目先の数兆円やオーストラリアとの安全保障関係強化というメリットのみを理由として、技術移転に踏み切るのは軽率という見方もある。

 契約の最終決定は本年度末、もしくは2016年度初頭になる予定だ。

Text by 本間吉郎