“旧3本の矢の構造改革はどうなる?”新3本の矢への海外評価は…GDP600兆円は疑問視

 安倍首相は24日、自民党総裁に再選された際に行った記者会見で、「アベノミクスは第2ステージに移る」と宣言し、経済最優先で政権運営に当たる決意を示した。「1億総活躍社会」を目指すとして、強い経済、子育て支援、社会保障をアベノミクスの「新3本の矢」に位置づけた。新「第1の矢」では、国内総生産(GDP、名目)を600兆円にするとの目標を打ち出した。この実現可能性などをめぐって、海外メディアからは消極的な評価が相次いだ。その記述からは、日本が直面している問題が浮き彫りになっている。

◆GDP600兆円の目標は野心的すぎる?
 2014年度の名目GDPは約491兆円であり、600兆円の達成にはそこから約22%の成長が必要となる。首相は達成の時期について言及しなかったが、首相周辺によると2020年ごろまでの達成を念頭にした目標だという(テレビ東京WBSニュース)。

 この目標の現実性について、海外メディアでは疑問視する声が多く伝えられている。エコノミスト誌は、この目標は疑いの目をもって迎えられた、と伝え、安倍首相は達成方法について詳細をほとんど語らなかったので驚くことではない、としている。フィナンシャル・タイムズ紙(FT)の社説は、特に中国の景気減速という逆風を考慮すると、600兆円の目標設定を自己欺瞞(ぎまん)すれすれの自信過剰と感じる人もいるかもしれない、と語る。FTの一般記事は、安倍首相の大胆な公約は、経済に集中するという首相の決意だけでなく、首相の約束は実際の経済よりもインフレのスピードが速いという傾向も際立たせた、とやゆした。

 米ニュース専門放送局CNBCでは、富士通総研のマルティン・シュルツ上席主任研究員が、「GDP600兆円という目標を真剣に受けとめた人はほとんどいない。単なる政治家のトークだ。全体が縮小している社会において、これは明らかに到達不可能な目標だ」と語っている。人口減少が重くのしかかっているという見方だ。

◆人口問題への安倍首相と海外メディアの着眼
 日本の人口問題、少子高齢化と人口減少については、海外メディアは非常に注目している。CNBCは、日本は急速な高齢化と出生率の低下という二重の人口問題の逆風と格闘しており、このことが日本経済に重大な難題を課している、と語る。

 AP通信は、最近の日本の経済成長のペースでは、目標の達成は難しいだろう、と述べている。日本経済研究センターの予測では、今年のGDP成長率は0.9%、2016年は1.5%だそうだ。また2017年4月には消費税率10%への引き上げが予定されており、その年の成長は落ち込むと予想されている、としている。

 日本の当局者は、(目標達成には)生産性の点で大躍進が必要だと内々に認めているが、これは、高齢化のために労働力人口が減少しているときには達成が困難なものだ、とAP通信は語っている。

 しかしだからこそ、安倍首相が子育て支援を新「第2の矢」として挙げ、「希望出生率」1.8を目標としたことや、「50年後も人口1億人を維持する」と語ったこと、また新「第3の矢」で介護離職ゼロという目標を掲げたことは、当を得たものだろう。CNBCで紹介されたシュルツ氏は、「新3本の矢」を、日本社会に重大な変化をもたらす、より実際的な目標とみなしているという。

◆ばく大な公的債務があっても「新3本の矢」のためにさらなる歳出が必要?
 日本が直面するもう一つの大問題は、ばく大な公的債務であり、「新3本の矢」の実現にもそれが大きく関わってくるだろう。

 AP通信は「新3本の矢」について、日本は巨額の公的債務を減らすことも確約しており、首相がどうやってこれらの目標を達成するつもりかは不明確だ、と述べている。

 エコノミスト誌は、600兆円という目標について、政府がどれほど費用をかけてでも成長を達成しようとする方針を確かに際立たせたが、一方で、巨額の公的債務についての懸念を軽視した、とした。GDPの1%に相当する5兆円もの補正予算がやがて組まれそうだ、と同誌は伝える。

◆アベノミクスの方針は間違っていない――求められる構造改革の追求
 FTの社説は、アベノミクスが日本にとって非常に重要である理由は、それが債務の持続可能性を守るためのものだからだ、と述べる。GDP成長率を回復し、何年も高い水準で保たなければ、日本の債務は持続不可能なものになる危険がある。

 FT社説は、これまでのアベノミクスについて、失敗の判定を下すのは時期尚早だとしている。首相が3年前に公表した戦略は、今でも日本にとって正しいものであり、首相はその成就に主眼を置くべきだ、と主張している。特に旧「第3の矢」、構造改革はまだまだ道半ばであり、そういった段階で、安倍首相が自身の取り組みの強化ではなく、新たな「3本の矢」を発表することを選んだのは、失望させるものだ、と語っている。何であれ、よりメッセージのはっきりした最初の「3本の矢」をぼんやりさせるものは、目標を邪魔する危険がある、としている。FTの一般記事でも、新「3本の矢」は、旧「3本の矢」に比べると、いくらかあいまいなものだ、とされている。この見解は、CNBCで紹介されたものとは対照的である。

 エコノミスト誌も、一部の改革派から、新たな「矢」が、より野心的だったこれまでの「矢」を置き換えてしまうのではないかとの懸念の声が上がった、と伝えている。すなわち、未達成の構造改革がこのままなおざりになってしまうのではないか、との懸念のようだ。同誌が例として挙げているのは移民の問題である。

新「第3の矢」で、介護離職を防ぐために介護施設の拡充などがうたわれている一方、政府がこれまでよりはるかに多くの永住移民を受け入れるよう有権者に説得するという困難な仕事を始めそうな兆しはほとんどない、と同誌は語る。低賃金の外国人を締め出し続けていることが、多くの人が介護離職している理由の一つである、としている。

◆結局のところ支持率獲得のため?
 アベノミクスの第2ステージ、海外メディアでは「アベノミクス2.0」という言い方が好まれているようであるが、これに対する全体的な評価としては、CNBCは「さらなる口先だけの約束?」「大きすぎる約束と、小さすぎる達成のもう一つの例なのだろうか?」と疑問符付きで語っている。

 エコノミスト誌は、安倍首相の最新の政治公約は、国内の大衆に合わせたものだ、と語る。国民は経済成長、社会保障、家庭への支援の話題を歓迎するだろう、とし、来年夏には参院選が控えている、と事情を説明する。

Text by 田所秀徳