映画『怪物はささやく』は大人こそ観るべきダークファンタジー ゴヤ賞9冠の傑作

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 欧米のメディアで絶賛されている映画『怪物はささやく』が6月9日(金)に日本で公開される。故シヴォーン・ダウドの原案をパトリック・ネスが小説化した『怪物はささやく』は、カーネギー賞とケイト・グリーナウェイ賞をダブル受賞し、世界中で好評を得て2016年に映画化された。脚本は著者自身のパトリック・ネス、監督は『永遠の子どもたち』や『インポッシブル』で人気を博したJ.A.バヨナが担当し、傑作作品『パンズ・ラビリンス』の制作スタッフも怪物の制作を手掛けた。スペインのアカデミー賞と言われるゴヤ賞の9部門で受賞した本作品の見所はどこにあるのだろうか?

◆怪物と少年が語り合う“真実”の物語
 13歳の少年コナーは、裏窓から教会の墓地が見える家で難病の母と暮らしている。コナーは毎晩同じ悪夢を見ているが、ある夜、コナーの前に怪物が現れる。「これから3つの物語を語るが、最後にコナー自身に4つ目の物語を語ってもらう」と怪物が告げる。しかもその内容は、コナーが隠している“真実”でなければならないという。

 怪物が夜ごと現れて語る物語の幻想世界とは対照的に、コナーの実世界は絶望に満ちている。病気の母、突然家にやってきた嫌いな祖母、学校のいじめっこたち……。このような世界で日々を送っているコナーが何を隠しているのか? 最後に彼は“真実”を語ることができるのだろうか?

◆モンスター・ムービーを超えたファンタジー傑作
 アメリカの有名な映画レビューサイト『RogertEbert.com』のレビュー記事で指摘されているように、『怪物はささやく』は典型的なモンスター・ムービーと思って観たらきっと驚くだろう。なぜなら本作品は、幼少、病気、死、そして悲哀の寓話だからだ。

 記事が述べるように、大人たちにとっても少年少女たちにとっても、『怪物はささやく』は珍しい作品に違いない。1986年に公開された映画『ラビリンス/魔王の迷宮』と同様、『怪物はささやく』もファンタジーをもって登場人物たちが遂げなければいけない変遷を描く。『怪物はささやく』の主人公が直面している変遷は切なくて辛いだけあって、彼が恐ろしい幻に襲われ、激しい戦いに挑まざるを得ないのだ。

 さらに、結末でコナーの“真実”が明かされる場面は観客の胸を打つのだが、本作品は深い感銘を与えるだけでなく哲学的な意味でも挑発的だ、と記事は指摘している。

◆14歳の天才俳優
 観客の胸を打つのは物語自体だけではない。コナー役を演じているルイス・マクドゥーガルの演技も強く印象に残るはずだ。ガーディアン紙で述べられているように、若いにもかかわらず(撮影当時13歳)マクドゥーガルはコナーが抱く葛藤を見事に表現しており、記憶に残る演技を見せている。とりわけ憤りに満ちた彼の大きな目が、コナーの弱さと複雑さをうまく表しており印象深い。

◆尊厳を帯びる怪物
 本作品においてはイラストレーションとアニメーションも大きな役割を果している。バヨナ監督は怪物の3つの物語の映像化にアニメーションを選択しており、ヘッドレス・プロダクションのエイドリアン・ガルシアがアニメ監督を担当した。また、怪物のおもしろみを出すために、原作のイラストレーターのジム・ケイの絵に近いものが使われた。

 インデペンデント紙が指摘しているが、怪物はマーベルのキャラクター「ザ・シング」に若干似ており、あまりにアニメっぽくて恐ろしさに欠ける一方、下品で怒ってばかりで愛想がなく、滑稽なキャラクターに映ってしまう可能性があった。しかし、リーアム・ニーソンの声のおかげで、尊厳と重々しさ帯びている怪物が出来上がった、と同紙は述べている。

◆大人のための児童映画
『怪物はささやく』では、悪玉と善玉が存在しない。魔女は命が助かる。姫様たちが死ぬ。王子さまが人を殺害する……。この世界では「めでたしめでたし」という台詞があり得ない。

 原作が児童書とはいえ、『怪物はささやく』は少年少女よりも大人のほうが鑑賞できる作品と言って差し支えない。本作品では、きれいで優しい世界ではなく、悲哀に満ちた現実に直面しなければならない世界が描かれている。そして、その現実を受け入れる勇気が語られているのだ。

Text by グアリーニ・レティツィア