職場のカジュアル化が進む米国、金融業にまで普及 プロセス重視から結果重視にシフト

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 日本において、夏季のオフィスでは「クールビズ」の名のもと、ある程度カジュアルな服装が許される。とはいえ、職種によっては酷暑の日にワイシャツのみならずスーツを汗で濡らして通勤や外回りで奮闘する男性や、蒸れたハイヒールを履き続ける女性は少なくない。

 果たしてその堅苦しいフォーマルファッションは何のためで、誰のためなのか? そんな疑問を抱いたとき、「マナーだから」「伝統だから」「お客様のため」といった紋切り型の答え以上のものを見つけるのは案外難しい。

 じつは今、アメリカの企業において「オフィスでは正装すべき」という常識が少しずつ変化し、服装のカジュアル化が進んでいるという。

◆IT企業発のカジュアルファッションが他の業界にも波及
 先日、ミルウォード・ブラウン社が発表したブランド価値が高い企業ランキングの総合1位~5位にはグーグル、アップル、マイクロソフト、アマゾン、フェイスブックといった主にシリコンバレーを拠点とするIT企業が並んだ。じつは、これらの企業には、ドレスコードというものがほぼ存在しない。

 例えば、アップル社のカリスマ的経営者だった故スティーブ・ジョブズ氏は、多くの聴衆の前に立つ時も黒のタートルネックを着用していたし、フェイスブック社の若きCEOマーク・ザッカーバーグ氏はTシャツの上にパーカーという服装を好んでいる。

 また、今年の5月から6月に開かれるマイクロソフト社やグーグル社、アップル社などの開発者会議では、登壇するプレゼンテーターたちは男女問わず、ジーンズやTシャツといったカジュアルな服を身にまとっていた。

 マーク・ザッカーバーグ氏は、「フェイスブックの利用者に最高のサービスを提供することに労を尽くしたい。それ以外のことはできるだけ決定事項を少なくして生活をクリアにしておきたい」と述べており、一見「考えないファッション」を貫いているように見える。

 こうした動きは、少しずつ他の業種にも広がり、「カタい」というイメージを持つ金融業界などにも波及している。昨年はアメリカ最大の銀行JPモルガンが、従業員にポロシャツやカジュアルパンツなどの着用を許可し話題となった。

 アメリカのアトランティック誌の電子版では、このような変化の背景は、アメリカ企業が仕事のプロセス重視から結果重視に傾いているためだと分析。

「スーツとネクタイが創造的思考を妨害する」「自由な服装によって労働者がリラックスし、個性や創造性を生かせる」といったカジュアル化に肯定的な意見が見受けられるが、必ずしも賛成する意見ばかりではなく、「服装の乱れは心の乱れ」といった意見を持つ管理職もいるようだ。

◆ただのカジュアルではない?IT企業ファッションに隠された強さの秘密
 カジュアル化がトレンドとはいっても、創造性が求められるIT企業の慣習をそのまま模倣するのはある意味、逆効果になる場合も想定される。

 Paypalの創業者であるピーター・ティール氏は、著書『ゼロ・トゥ・ワン』(NHK出版)の中でハイテク企業の社員たちのファッションの特徴について以下のように述べている。

「テック企業の社員は着るものに気を遣わないとよく言われるけど、Tシャツをよく見ると会社のロゴが入っているし、社員がかなり気を遣っているのがわかる。スタートアップの社員は、同僚と同じブランドのTシャツやパーカーを着ているので、外から見ると同じ会社にいることが一目瞭然だ」

 ただのカジュアルファッションではなく、お互いの個性を尊重し合い、企業の使命に心から打ちこむ同士の一体感がにじみでているのが、強さの秘訣といえそうだ。

 日本でも「カジュアルフライデー」の文化が徐々に浸透しつつあるようだが、周りの空気を読みながらポロシャツに挑戦する男性や、雑誌で「シャツを着崩す方法」「こなれた雰囲気を出すVネックTシャツの選び方」といったマニュアルを求める女性は少なくない。

 服装のカジュアル化は結果であって、「創造性を高める」という名目で、形式だけ取り入れてもあまり意味がないだろう。巨大企業の成功は、社員同士で「誰のために、何をするか」という志を共有した結果なのかもしれない。

Text by 北川和子