気軽な「空中移動」時代の幕開け? 空飛びスーツが量産開始 ロープウェイが都市の日常に!?

「空を飛ぶ」という人類の永遠の夢がついに叶うのか――。ニュージーランドのベンチャー企業『マーティン・ジェットパック』が、間もなく商業ベースの「ジェットパック」の製造を開始するというニュースが海外メディアを賑わせている。飛行機やヘリコプターのように人が「乗り込む」のではなく、「背負う」あるいは「装着する」スタイルの飛行装置で、より「鳥のように空を飛びたい」という人類の古くからの夢の実現に近いものだと言える。ジェットパックの開発は、他にもいくつかのプロジェクトが進行中で、米カリフォルニア州ではこのほど、豪『ジェットパック・アビエーション』社が、マーティン社よりも小型のランドセルタイプのジェットパックのテスト飛行を披露した。

 一方、より大衆目線で「空中移動」を実現しようという動きもある。アメリカの主要な大都市が、渋滞緩和などを目指してゴンドラ(ロープウェイ)を公共交通機関として利用することを検討中だと米ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)が報じている。地上よりも高く、飛行機・ヘリコプターの飛行ルートよりも低い未開発の空間が、新たな移動手段のステージとして注目を集め始めているようだ。

◆35年の歳月を経て量産化
 英フィナンシャル・タイムズ紙(FT)は、マーティン社のジェットパック量産開始のニュースを「SFが現実になろうとしている」と報じている。1984年のロサンゼルス・オリンピックの開会式で披露された“ロケットマン”のジェットパック飛行や、映画007シリーズでジェームズ・ボンドが使ったランドセル型の装置が大方のジェットパックのイメージだろう。30〜40代の日本人ならば、アニメ『機動戦士ガンダム』のノーマルスーツ(宇宙服)とセットになったジェット噴射装置付きのランドセルもイメージを重ねやすいところだ。

 現実世界で初の量産型となるマーティン社の『P-14』は、SF的な人が「背負う」タイプのものを期待するとややがっかりするかもしれない。カーボンファイバー製のボディに、むしろ人が直立に近い姿勢で「くくりつけられる」イメージだ。背中に当たる部分に200馬力のV4ガソリンエンジンを積み、左右に2基のファンを備えている。1人用の立ち乗りのホバークラフトのような乗り物だと言っていいだろう。公称性能は最大時速74km、最大高度1000m、滞空時間30分。

 創立者のグレン・マーティン氏は、『007サンダーボール作戦』に登場した『ベル・ロケットベルト』を発展・改良することをこの35年間目指してきたという。「ベル・ロケットベルトの問題点は体重65kg以下でないと飛べないことだったんだ。しかも、揮発性の燃料を用い、滞空時間はたった26秒。僕は12歳からずっと65kgを超えているからね。積載重量120kgで30分は飛べるようにしたかったんだ」。ようやくその目標に達したのがP-14というわけだ。

 マーティン氏は、自身の「飛びたい」という夢と重ね合わせるように個人のレジャー利用を念頭にしてきた。しかし、現在の会社の方針は消防や災害救助などの緊急活動での公的利用だ。この点で他の幹部と意見が対立した結果、同氏は現在経営から身を引いている。実際、今のところ仮契約段階まで進んでいる顧客はドバイ(UAE=アラブ首長国連邦)の消防・救援当局と米警備会社で、消防、警察、国境警備といった活動に活用することが見込まれているという。

 また、昨年から香港企業が経営に参画し、52%の株を保有しているが、将来的には中国本土での生産・販売も視野に入れている。現最高経営責任者のピーター・コカー氏は「なぜジェットパックを使うかって?ビルの屋上やビルの間といった狭い空間にも入ることができるからだ。それに、ヘリコプターよりもずっと楽しいし、安いからね」とFTにコメントしている。P-14の販売価格は20万〜25万ドルになる見込み。

◆他社の開発も進むが多くの課題も
 一方、豪起業家・飛行愛好家のデビッド・メイマン氏が設立した『ジェットパック・アビエーション』社は、よりSFチックなランドセル型にこだわる。10年の歳月と1000万ドルの資金を投じた最新型のメイマン氏自身によるテスト飛行が、先日、ロサンゼルス郊外で報道陣に披露された。同氏は、2010年のテスト飛行で墜落し、右太ももに火傷を負っている。そのため、今回は満を持して、空中のケーブルに安全ロープをかけ、耐火スーツに身を包んで臨んだ。

 この様子を伝えるWSJの記事(電子版)に掲載された動画を見ると、背中から伸びたアームを両手で握って推力や方向を操作し、空中を緩やかにホバリング移動する様子は、ほぼガンダムや007の劇中イメージそのものだ。装置の重量は約38.5kgで、約40Lのジェット燃料で10分間飛行可能。今後、緊急用のパラシュートを加え、25万ドルでの販売を目指している。

 WSJは、ほかに、元スイス空軍パイロットがテスト飛行に成功した“ジェットウイング”と呼ばれる約2m幅のエンジン付きの翼や、フランス人ジェットスキーヤーが開発したジェットエンジン搭載の空飛ぶボード『フライボード・エア』といった装置も紹介。ただし、これらの飛行装置の普及を阻む要素として「重量」「轟音」「低燃費」「飛行時間の短さ」「価格」を挙げている。また、WSJは「ジェットパックの飛行高度はパラシュートを開くには低すぎ、危険な落下事故を招くのに十分な高さがある」と安全性にも疑問を呈している。それだけに、販売面で一歩抜け出たマーティン社が業界全体に風穴を開けるか、注目したいところだ。

◆お手軽な空中移動“ロープウェイ”がより一般的に?
 とはいえ、WSJが「ジェットパックが高価なおもちゃとして市場を獲得したとしても、オフロードバイクよりもランボルギーニに近い価格となるだろう」と書くように、当面は庶民とは縁遠いものとなるのは間違いないだろう。そこでより現実的な新しい空中移動手段としてアメリカで注目されつつあるのが、ゴンドラ(ロープウェイ)だ。ニューヨークのブルックリン、ワシントン、シカゴ、サンディエゴ、シアトル、クリーブランド、シンシナティ、バッファロー、バトンルージュ、オースティン、タンパベイ、マイアミの各都市で検討されているという。

 日本でもスキー場などでレジャー用に広く運用されているロープウェイだが、南米や中東の都市では、公共交通機関として活用されている。たとえば、ボリビアの首都ラパスには、全長9kmを超える通勤用のシステムがあり、WSJはこうしたシステムは「米国の都市ではあまり見受けられないが、国際的には人気が高まっている」としている。そのメリットは、技術的に極めてシンプルであり、「新たな橋を架けたり、地下鉄を建設したりするよりも、少ないインフラの設置(したがって少ないコスト)で、難しい地形を横断できる」ことだと同紙は記す。

 米ロープウェイ推進派は、地上の渋滞回避にも一役買うと空中移動をプッシュしている。また、死亡事故の確率がエレベーターの5分の1ともされる高い安全性もアピールポイントだという。とはいえ、米市民のほとんどはロープウェイを都市で運用することに、まだピンと来ていないようだ。WSJは「最初にぶつかる難題は、これが本当に真面目な提案なのだと市民に理解してもらうことだ」と記している。

Text by 内村 浩介