フォード撤退:“日本市場は閉鎖的ではなくむしろオープン” 米メーカーは怠慢と海外識者

 米フォードは、日本とインドネシアでの事業から年内に撤退する方針を明らかにした。昨年、同社のそれぞれの市場での販売台数は、約5000台、約6100台にとどまった。販売台数の増加や収益向上が今後も見込めないことから、撤退の判断となったが、同社はその原因として両国の市場状況を挙げている。日本に関しては、世界の自動車先進国の中で「最も閉鎖的」だと語った。しかしある専門家は、フォードの主張には裏付けがなく、問題はフォード自身にあるとの見解を示している。他方、インドネシアからの撤退に関しても、日本の自動車メーカーが大きく関わっている。

◆両国でフォードの占めるシェアは非常に小さい
 撤退の方針は、フォードのアジア太平洋地域担当プレジデントが25日、域内の全従業員に送ったメールでまず明らかにされた。このメールをロイターが入手して報じた。フォード側はメールを送信したことを認めている。その後、複数の報道機関に、フォードの広報担当者からこの件に関する声明が送付されている。

 ロイターによると、フォードの日本法人は1974年から営業しており、従業員292人、販売店52店舗を有する。インドネシアには2002年に参入し、従業員35人、販売特約店が44店舗あるという。

 同社が両市場に占めるシェアは非常に小さい。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)によると、昨年、日本では0.1%、インドネシアでは0.6%だった。

 フォードは声明で、「日本とインドネシアへの投資から、持続的に収益をあげる道がなく、長い目で見ても良好なリターンが得られそうにないことがはっきりした」と語っている(WSJ)。

◆市場状況のためだとフォードは言うが
 フォードの声明には2つのポイントがある。1つは、日本とインドネシアの市場状況により撤退を迫られたという点、もう1つは、経営資源の集中のために、利益のあがらない事業からの撤退を積極的に進めているという点である。

 AP通信は前者に特に注目している。フォードは、日本とインドネシアの市場状況のせいで、販売台数を伸ばすことや、収益を持続的にあげることが難しくなっているとして、両国から撤退しようとしている、と報じた。

 フォードが強調するのは、日本市場の閉鎖性だ。同社の広報担当者は、「日本は世界で最も閉鎖的な自動車先進国で、輸入車全てを合わせても、日本の年間新車販売台数の6%にも満たない」と語っている。AP通信は、日本では政府が自国メーカーを保護しているとフォードが非難していると伝える。WSJも、米自動車メーカーが日本市場に対して不満を感じていることを伝える。アメリカの自動車メーカーの経営幹部はずっと以前から、日本には、輸入車を不利にする規制の網を含む、非関税障壁があると不平を言っている、とWSJは語る。

 また日本は、自動車への需要の面からも問題があるとみられている。フォードの広報担当者(上記とは別人物)が、日本では高齢化と人口減少のために自動車の需要が衰えると予想されており、そのためにフォードの成功のチャンスが弱まる、と語ったそうだ(WSJ)。AP通信も、広報担当者が、日本ではこの先、自動車販売台数の減少が予想されていると語ったことを伝えた上で、専門家らは、高齢化と、都市部に住む若者の間で自動車への興味が衰えていることが原因だと語っている、と解説した。ロイターも、日本では高齢化が進み、また若者の車の需要が落ち込んでいるため、自動車販売台数が減少し続けている、と語る。

◆日本の自動車市場はそれほど閉鎖的なのか
 以上のようなフォードの主張を見ると、いかにもフォードが日本市場に見切りをつけた格好だ。しかし、自動車業界ジャーナリストのバーテル・シュミット氏は、「フォードが日本で競争できなかったのは、フォード自身のせいだ」とフォーブス誌への寄稿で語り、フォード側の見方に反論している。

 まず、日本の自動車市場は閉鎖的だとしている点について、米自動車メーカー大手はそろってそう主張しているが、実態とは異なる、というのが氏の見方のようだ。昨年、日本の国内新車販売のうち、輸入車の占めるシェアは、軽自動車を除くと約10%だったと氏は伝える(軽自動車を含めると約6.5%だが、通例、輸入車は軽自動車と競合しない、と氏は語る)。氏によると、この数字は、強力な自動車産業を有する地域にしては、輸入車市場が力強いことのしるしだという。ヨーロッパでは約4%、中国では約5%だそうだ。だがフォードが、ヨーロッパや中国の市場が閉鎖的だと不平を言うのを耳にすることはないだろう、おそらくその理由は、フォードはどちらの市場でも強力な存在感を得ているからである、と氏は語る。

 フォードにとって不都合な事実は他にもあり、それは、日本の輸入車市場はヨーロッパ勢が押さえていることだという。氏によると、昨年の日本の輸入車30万台以上のうち、80%以上がヨーロッパ車で、アメリカ車のシェアはほんの4%だったそうだ。フォードなど米大手は、競争しようと試みてさえいないとの印象を禁じ得ない時がある、と氏は語っている。フォードの輸入車はたいてい左ハンドルだし、米大手は日本のモーターショーに2009年から昨年まで出展していなかった、と企業努力の薄さを挙げている。氏は、フォードはこれほど成績が悪いのに、もっと前に日本から撤退しなかったのは驚くべきことだ、と語っている。

◆インドネシアでは日本メーカーが圧倒的なシェア
 シュミット氏は、フォードがインドネシアからも撤退を決めたことについて、早計だと考えているようだ。日本の自動車市場は飽和していて、人口減少、高齢化とともに下降傾向にあるが、インドネシアはまさにその反対。インドネシアの人口は日本の2倍で、自動車市場はまさに活気づき始めたところだ、と氏は語る。先見の明とわずかの忍耐を備えた自動車メーカーには、インドネシア市場は長期的成功を約束している、と氏は語っている。

 だが、フォードにとって災難だったのは、インドネシアの自動車市場は、日本市場よりもなお、日本の自動車メーカーが支配していることだと氏は語る。昨年の同国での日本メーカーのシェアは96.5%にも上ったとのことだ(ソースはマークラインズ社の自動車産業ポータル)。昨年の1~11月、日本メーカーは100万台近くをインドネシアで販売したそうである。

 ブルームバーグもこの点に大いに注目している。フォードの撤退は、日本の自動車メーカーが支配しているアジアのいくつかの国の自動車市場で格闘する忍耐を失う自動車メーカーの最新の例だ、と述べている。インドネシアでは、トヨタとその傘下のダイハツ工業だけでシェアの約5割を占めており、日本メーカー全体では約8割を占めている、とブルームバーグは伝える(ソースは調査会社LMCオートモーティブ)。

 ゼネラルモーターズ(GM)は昨年、インドネシアの工場を閉鎖した(ブルームバーグ)。シュミット氏は、GM上層部ではインドネシアを「トヨタ共和国」と呼ぶものもいる、という口コミ情報を伝えている。

 しかし、インドネシアに関しては、日本メーカーの圧倒的な強さの他にも、フォードに撤退を選ばせた事情があるようだ。経営コンサルティング会社アジア・ナウのアナリストのサイモン・リトルウッド氏がBBCで語っているところによると、インドネシア政府は、自動車の国内製造を強く要求する政策を取っているそうだ。そこでフォードには、大々的に参入して現地製造を始めるか、一切手を引くかの二者択一しかなかった、と同氏は語っている。ロイターによると、フォードの広報は「インドネシアでは、現地製造をしなければ(略)自動車メーカーは市場で全く競争にならない」と語ったそうだ。

Text by 田所秀徳