米国のベネズエラ介入、ロシアにとってどういう意味を持つのか
Alexander Zemlianichenko / AP Photo
ベネズエラ指導者ニコラス・マドゥロ氏を拘束するために実施されたアメリカの電撃的な軍事作戦は、ロシアのプーチン大統領にとって、利益と負担の両面を持つ出来事と受け止められている。ロシアは約4年前、ウクライナ侵攻の初動で首都キーウを制圧し政権を転覆させることに失敗しており、その記憶と今回のアメリカの迅速な行動は強い対照をなす。
マドゥロ政権の崩壊は、同盟国を支えきれなかったクレムリンの失敗を改めて浮き彫りにした。2024年のシリア前大統領バシャール・アサド氏の失脚、昨年のアメリカとイスラエルによるイラン攻撃に続く形となる。アメリカがベネズエラ支配の確立に動く中、ロシアは西半球における戦略的な足場を失う恐れがあり、同国の石油産業に投じてきた数十億ドル規模の投資も危機にさらされている。
一方で、ドナルド・トランプ大統領のベネズエラでの行動は、西側諸国に動揺を広げると同時に、ロシアにとってはウクライナ侵攻を正当化するための新たな論拠を与える結果にもなっている。
さらにトランプ氏が、北大西洋条約機構(NATO)加盟国デンマークからグリーンランドの支配権を奪うことに関心を示している点も、ウクライナ和平をめぐるアメリカ主導の外交が重要局面を迎える中で、同盟の結束を揺るがしかねない。加盟国の関心が分散すれば、キーウ支援や安全保障の枠組み構築に影響が出る恐れがある。
プーチン氏はベネズエラでのアメリカの行動について公には発言していないが、ロシアの外交当局はこれを露骨な侵略行為だと非難している。大統領安全保障会議でプーチン氏の副議長を務める前大統領のドミトリー・メドベージェフ氏も、国際法を踏みにじる行為だとしてアメリカを批判した。ただし同時に、アメリカの国益を守ろうとする姿勢についてはトランプ氏を評価した。
メドベージェフ氏は「トランプ氏の行動は完全に違法だが、一定の一貫性は否定できない。彼とそのチームは、自国の国益を極めて攻撃的に擁護している」と述べた。
アメリカは7日、ベネズエラと関係する制裁対象の石油タンカー2隻を押収したと発表した。この中には、北大西洋で拿捕されたロシア船籍のタンカー1隻が含まれている。
◆ロシアが主張してきた「勢力圏」
プーチン氏は2014年、キーウで親ロシア政権が崩壊した後、ウクライナのクリミア半島を一方的に併合した。それ以降、ウクライナはロシアの勢力圏に属し、西側の関与は許されないと主張することで、自らの行動を正当化してきた。
プーチン氏は、アメリカが西半球における外国の軍事プレゼンスに強く反発するのと同様に、ロシアにとってNATOの東方拡大は重大な安全保障上の脅威だと主張してきた。ウクライナのNATO加盟志向は、2022年2月24日に始めた全面侵攻の主要な理由の一つとされている。
侵攻直前、プーチン氏は「NATOのさらなる東方拡大は容認できないことを、我々は明確に示してきた。アメリカの国境付近にミサイルを配備しているのは我々ではない。ミサイルを我々の玄関先に持ち込んだのはアメリカだ」と語っていた。
ロシアは侵攻以前から、ラテンアメリカへの関与を控える代わりに、アメリカがヨーロッパでロシアの自由裁量を認めるという取引の可能性を水面下で探っていた。
トランプ政権第1期に国家安全保障会議でロシア・ヨーロッパ担当を務めたフィオナ・ヒル氏は2019年、ロシア側がベネズエラとウクライナをめぐるこうした取引に前向きな姿勢を示していたと議会で証言した。
ヒル氏によると、正式な提案はなかったものの、当時の駐米ロシア大使アナトリー・アントーノフ氏が、ヨーロッパでの勢力圏と引き換えにベネズエラでの影響力をアメリカに譲る可能性を、何度も示唆していたという。
しかしトランプ政権は、こうしたロシア側の働きかけに関心を示さなかった。ヒル氏は、2019年4月にモスクワを訪れ、「ウクライナとベネズエラは無関係であり、取引の対象ではない」という立場を伝えたと説明している。
ヒル氏は現在、アメリカとロシアの間で勢力圏を交換する密約が存在するかどうかは分からないとしつつも、第1期にトランプ氏の行動を抑制していた多くの当局者が第2期には政権内にいない点を指摘した。
ヒル氏は、トランプ政権内でこうした取引に抵抗し得る人物はマルコ・ルビオ国務長官くらいだろうとした一方、トランプ大統領特使のスティーブ・ウィトコフ氏らが異なる見解を持つ可能性もあると述べ、「最近、彼らが何を話し合ってきたのか分からない」と語った。
AP通信は、マドゥロ氏拘束前にロシアがベネズエラから外交官家族の避難を始めていたと報じている。ヒル氏はこの動きについて、ウィトコフ氏がロシア側に事前通告をしていた可能性も「考えられなくはない」と述べた。
キングス・カレッジ・ロンドンのロシア専門家サム・グリーン氏は、ロシアがウクライナでの自由裁量を期待し、ベネズエラで一歩引いた可能性があると指摘する。「ワシントン、モスクワ、北京が、それぞれの想定する勢力圏での介入を互いに抑止しないという暗黙の合意の一部である可能性がある」と、Xに投稿した。
◆西半球におけるロシアの足場
ウクライナ侵攻前、ロシア高官は、キューバやベネズエラに部隊や軍事資産を展開する可能性に言及していたが、アメリカはこれを虚勢と受け止めていた。1962年のキューバ危機を想起する声もあった。
ロシアとキューバの関係は、1991年のソ連崩壊後に弱体化した。プーチン氏は2000年の大統領就任後、対米関係改善を目指し、キューバにあった旧ソ連の軍事監視施設を閉鎖した。しかし米欧との緊張が高まるにつれ、ロシアは再びキューバとの関係を強化し、軍艦を寄港させるようになった。
ロシアは中国と並び、ベネズエラの石油産業に巨額の投資を行い、防空ミサイルや戦闘機などの高性能兵器を購入するための融資も提供してきた。2018年には、核兵器搭載が可能な戦略爆撃機Tu160を派遣し、軍事的存在感を誇示した。
ただし軍事専門家の間では、ロシアが西半球に恒久的な軍事拠点を築くことは、兵站面で極めて困難だとの見方が強い。
◆「力こそ正義」という前例
マドゥロ氏とその妻をアメリカが拘束したことは、「力こそ正義」という考え方の復活と世界的に受け止められた。これは、ウクライナでのロシアの行動も、アメリカがベネズエラで示したのと同様、自国の重大な利益を守るためだとするモスクワの主張を後押しする。
メドベージェフ氏は、今回の行動を受けて「アメリカは形式的にロシアを非難できる立場にはない」と述べた。
ヒル氏も、マドゥロ氏拘束によって各国がロシアのウクライナ侵攻を非難しにくくなると指摘する。「アメリカが虚構を根拠に、他国の政府を事実上転覆させた状況を、私たちは目の当たりにしたからだ」と語った。
アメリカの起訴状では、マドゥロ氏らが麻薬カルテルと連携し、数千トン規模のコカインをアメリカに密輸する手助けをしたとされている。
クレムリンと近いモスクワの外交政策専門家フョードル・ルキャノフ氏は、「前例という観点で見れば、これ以上都合の良い状況はない。ベネズエラの当局はワシントンに承認されるべきだというトランプ氏の考えも含めてだ」と述べた。
一方、ロシアの強硬派の間では、ベネズエラでのアメリカの行動が、ウクライナでの軍事作戦を一気に加速させる必要性を突き付けたとの見方が広がっている。民族主義思想家のアレクサンドル・ドゥーギン氏は、「ウクライナを完全に支配することが、列強の仲間入りを果たすための通行証だ」と書いている。




