認知戦争──爆弾も銃弾もない戦争はなぜ法の空白なのか

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著:David Gisselsson Nordルンド大学、Professor, Division of Clinical Genetics, Faculty of Medicine)、Alberto Rinaldiルンド大学、Postdoctoral Researcher in Human Rights and Humanitarian Law)

 目を覚ますと、自分の街で致死性の新型インフルエンザ株が出現したというニュースが流れていると想像してみてほしい。保健当局はその深刻さを軽視しているが、ソーシャルメディアには「医療専門家」を名乗る人々がその起源や危険性をめぐって相反する主張をあふれさせている。

 病院はインフルエンザのような症状を示す患者であふれ、ほかの患者が医療を受けられず、最終的に死者が出る。やがて、外国の敵対勢力が「死者率が非常に高い」といった虚偽情報を流すことで、このパニックを仕組んだことが明らかになる。しかし犠牲者が出ても、これを戦争行為と定義する規則は存在しない。

 これは認知戦争(コグ戦争)と呼ばれるもので、戦争の閾値以下で敵対的攻撃に認知領域が利用されるのだ。

 認知戦争の古典的な例は「反射的制御」と呼ばれる概念であり、これはロシアが数十年にわたって洗練させてきた技術だ。相手が自分が操作されていると気づかないまま、その認識を自らに有利になるよう形成するのである。これは相手の認識を操作することを意味する。

 ウクライナ紛争の文脈では、ウクライナ領土に関する歴史的権利の主張や、西側を道徳的に堕落した存在と描く物語が含まれてきた。

 認知戦争は、個人、集団、あるいは社会全体の態度や行動を標的にして、敵に対して優位を得ることを目的とする。現実認識を改変するよう設計されており、「人間の認知の形成」を戦争の重要な領域に変えている。したがってこれは、物理的な領域ではなく人間の心の相互作用によって展開する地政学的戦いにおける武器となる。

 認知戦争は現行の戦時法が規制する物理的被害なしに遂行できるため、法的な空白の中に存在している。しかし、それが最終的に虚偽情報にもとづく暴力を誘発したり、副次的に死傷をもたらしたりする可能性は十分にある。

◆心の戦い、肉体の被害
 戦争とは本質的に精神的な競争であり、認知操作が中心にあるという発想は、『孫子』の著者である孫子(紀元前5世紀)にまでさかのぼる。今日では、オンライン領域がこうした作戦の主要な舞台となっている。

 デジタル革命は、私たちのデジタル足跡を通じて偏見を把握し、それに合わせたコンテンツを提供する「マイクロターゲティング」を可能にした。機械知能は、写真や動画を一切撮影せずに、特定のコンテンツを私たちに送り込むことさえできる。必要なのは、悪意ある行為者の物語や目的を支える巧妙なAIプロンプトだけであり、それによって聴衆を密かに欺くことができる。

 こうした偽情報キャンペーンは、人間の身体という物理的領域にまで浸透しつつある。ウクライナ戦争では、認知戦争の物語が今も続いている。そこには、ウクライナ当局がコレラの流行を隠している、あるいは意図的に引き起こしているという主張が含まれていた。アメリカが支援する生物兵器研究所の存在をめぐる主張も、ロシアによる全面侵攻の偽旗的な正当化に利用された。

 新型コロナ流行時には、人々が防護措置を拒否したり、有害な治療法を用いたりした結果、死者が出た。パンデミック中の一部の物語は地政学的戦いの一環として推進された。アメリカが秘密の情報工作に従事する一方で、ロシアや中国の国家系アクターはAI生成のSNSアカウントやマイクロターゲティングを使って、コミュニティや個人レベルで世論形成を行う協調キャンペーンを展開した。

 マイクロターゲティングの能力は、脳と機械の結合技術が進歩するにつれて急速に進化する可能性がある。頭皮に装着する高度な電極から、感覚刺激を用いた没入型体験を提供するVRゴーグルに至るまで、機械と人間の脳のインターフェースを改善する方法は多岐にわたる。

 DARPAの次世代非外科的神経技術(N3)プログラムは、こうした装置が脳の複数箇所から同時に読み書きできるようになる可能性を示している。しかしこれらのツールは、将来的な情報操作や心理的撹乱の戦略の一環として、ハッキングされたり偽情報を注入されたりする恐れもある。脳をこのように直接デジタル世界と結びつけることは、これまでにない形で情報領域と人間の身体の境界を侵食することになる。

◆法の空白
 従来の戦時法は爆弾や銃弾といった物理的な力を主な関心事としており、認知戦争を法的なグレーゾーンに置いている。心理操作は国連憲章の下で自衛を正当化する「武力攻撃」にあたるのだろうか。現在のところ明確な答えは存在しない。国家アクターは形式的に戦争を始めることなく、健康に関する偽情報を利用して他国で大量の死者を出すことも可能かもしれない。

 従来型の戦争が進行している状況においても、同様の空白が存在する。ここで認知戦争は、許容される軍事的欺瞞(戦争の術策)と禁止される背信行為の境界を曖昧にする可能性がある。

 たとえば、人道的な予防接種プログラムが秘密裏にDNAを収集し、軍が部族ベースの反乱ネットワークを把握するために利用したとする。このように医療への信頼を悪用する行為は、人道法の下では背信行為に当たる。しかしそれは、こうした操作的戦術を戦争の一部と認め始めたときに限られる。

◆規制の整備
 では、この新たな現実から私たちを守るために何ができるのか。まず、現代の紛争における「脅威」とは何を意味するのかを再考する必要がある。国連憲章はすでに他国に対する「武力の行使の威嚇」を禁じているが、これによって私たちは物理的脅威という思考枠組みに縛られてしまっている。

 外国勢力がパニックを引き起こすために偽の健康警告でメディアをあふれさせるとき、それは軍事封鎖と同じくらい効果的に国を脅かすことではないのか。

 この問題はすでに2017年に、タリン・マニュアル(規則70)を起草した専門家グループによって認識されていたが、法制度はまだ追いついていない。

 第二に、心理的な被害も現実の被害であると認めなければならない。戦争被害といえば肉体的な傷を思い浮かべがちだが、心的外傷後ストレス障害(PTSD)は長く正当な戦争被害として認識されてきた。ならば、標的型認知作戦の精神的健康への影響も同様に認めるべきではないか。

 最後に、従来の戦時法だけでは十分ではない可能性があり、人権枠組みから解決策を探るべきだ。そこにはすでに、思想の自由、意見の自由、戦争宣伝の禁止といった規定が含まれており、市民を認知攻撃から守る盾となり得る。国家は自国内だけでなく国外においても、これらの権利を守る義務を負っている。

 認知や感情を操作するための戦術や技術がますます洗練されることは、私たちの時代における人間の自律性への最も陰湿な脅威の一つだ。この課題に法制度を適応させることによってのみ、社会的レジリエンスを育み、将来の世代が明日の危機や紛争に立ち向かえるようにすることができる。

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Translated by NewSphere newsroom

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