中国の最新鋭原潜が就航前に「沈没情報」 「隠蔽急ぐ」と米メディア
アメリカの通常戦力や核戦力を凌駕(りょうが)する軍事力の整備を狙っているとされる中国で、建造中だった就航前の最新の攻撃型原子力潜水艦が「沈没」したとの「前代未聞」の情報が最近伝わり、欧米を含む軍事専門家らの強い関心を招く事態となった。
中国政府はこれまでこの情報の真偽に踏み込んでいない。同国外務省報道官は9月下旬、首都北京での会見で質され、「よく知らないし、何らかの情報を提供もできない」との説明にとどまった。
衛星画像やアメリカ政府当局者を引用して沈没情報を伝えた米メディアは、中国政府が事実の隠蔽(いんぺい)を急いだと主張した。台湾問題や沿岸諸国・地域による領有権論争が続く南シナ海情勢をにらんだ中国海軍の強化計画への打撃になったとの見方も浮上している。
米AP通信の取材に応じたアメリカ国防総省高官は匿名を条件に、大型クレーンが持ち込まれた衛星画像などに基づき、沈没を確認した。「中国海軍が隠すのは驚きではない」と説明。米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)は国防総省幹部の発言として、「訓練の水準、装備品の品質や汚職体質を最近さらけ出している中国軍内部の組織体質にさらなる疑問を生じさせる」と論評した。
中国は近年、主権争いが先鋭化する南シナ海スプラトリー(南沙)諸島や同パラセル(西沙)諸島で軍事的な威圧行為を高めている。中国は独自の領海理論で南シナ海ほぼ全域の統治権も主張し、最近ではスプラトリー諸島でフィリピン側との艦船との「衝突」も目立っている。南シナ海は世界貿易の極めて重要な海路ともなっている。
◆大型クレーン投入、核燃料の搭載は不明
今回の沈没情報は、WSJが特ダネとして9月下旬に最初に報道。沈んだのは今年5月下旬あるいは6月上旬とし、現場は中国・武漢の長江に臨む国営の造船所付近とした。トラブルを起こしたとされる「周」級の初代の艦のその後の現状は不明となっている。
同紙は、「周」一番艦が沈没した当時、核燃料を搭載していたのかは不明との米政府の判断を伝えた。非政府系の専門家の間には搭載していた可能性があるとの意見も出ている。これら専門家らは潜水艦の技術ではアメリカが長らく優位な立場を得ていたが、中国側はこの劣勢を埋めることを懸命に狙っていると見立てた。
AP通信が内容を分析したアメリカの衛星画像企業「プラネット・ラブズPBC」の画像では、沈没が起きる前、長江にある造船所では潜水艦らしき船体が埠頭(ふとう)に入っていたのが確認された。しかし、6月15日の画像では船体が全面的あるいは部分的に水面下にあるのがみられた。船体の燃料油もしくは漏出物を防ぐためとみられるフェンスも張られていた。
8月25日撮影の画像では、潜水艦が沈んだ船体と同じ埠頭に出現していたことが判明した。ただ、沈没した潜水艦と同一のものなのかはわかっていないという。
◆中国海軍の潜水艦の戦力は、昨年時点で計60隻
国防総省が昨年公表した中国の軍事力に関する報告書によると、同国海軍が運用する弾道ミサイル搭載が可能な原潜は2022年末時点で6隻。このほか、攻撃型の原潜は6隻、通常動力の攻撃型潜水艦は48隻を保持している。
同報告書は、中国軍の新型の攻撃型潜水艦、水上艦艇や海軍仕様の航空機の開発計画は、台湾有事が起きた場合、アメリカや協調国による台湾支援の封じ込めが狙いと主張した。具体的には、中国が防御範囲と見据えている南シナ海をうかがう日本から台湾、フィリピンをにらむ第1列島線での「制海権」を見据えているとした。
WSJによると、中国軍の原潜建造はこれまで同国北東部の葫芦島市の造船所が最重要拠点だった。しかし、現在は多様化を図る戦略の下で、武漢市近くの武昌造船所が攻撃型原潜の大きな建造基地に転じているという。
沈んだとみられる「周」級一番艦は、動作の機動性を高めるため船尾がX型の設計となっているのが特徴だ。建造元は、国営の「中国船舶集団」で、今年5月下旬には埠頭で就航前の最終段階とされる関連装備品の積み込み前の様子がとらえられていた。
◆沈没を把握した背景 就航には数ヶ月か
WSJによると、原潜が絡む沈没を今年7月に初めて察知したのはアメリカ海軍の元潜水艦乗員で現在は米シンクタンク「新アメリカ安全保障センター」のアナリストであるトーマス・シューガルト氏だった。ただ、当時は一番艦の「周」級に関係する沈没とは公にされていなかった。
商業用の衛星画像の内容を知り、武漢市近くの造船所にクレーンが導入され、異例の活動が続いていたことに疑問を感じたのがきっかけだった。原潜が関与する騒ぎだとは当時、思いつかなかったという。
シューガルト氏は、「サンディエゴでアメリカ軍の原潜が沈没した場合、政府が隠蔽に動き、誰にももらさない事態を考えられるだろうか?」と強調した。
同氏は、沈没した「周」級一番艦は引き揚げられたとしても、就航に適するためには数ヶ月要するだろうとも予想した。「船内は水浸しだろうし、電子機器系統の清掃や取り換えも必要だろう」と分析した。放射能漏れの可能性については低いだろうとし、海への航行はしておらず、原子炉の稼働もおそらく高出力ではなかっただろうと読み解いた。
WSJによると、アメリカ政府当局者は、今回の沈没について、中国当局が現場周辺で放射線や環境異変に関する検査を実施した形跡は把握していないと指摘した。「沈没に伴って中国側関係者が死傷した可能性はあるだろうが、人的被害の規模は承知していない」と付け加えた。
◆中国原潜の沈没情報、昨年10月にも浮上 55人死亡説
中国海軍の潜水艦の「沈没」情報は昨年10月にも浮上していた。英紙デイリー・メールがイギリスの諜報(ちょうほう)機関の機密文書に依拠して、原子力潜水艦「093-417」が中国北東部の山東省沿岸の黄海のどこかで沈んだと報道。
アメリカ軍や同盟国の潜水艦を捕捉するためのネット状の障害物に船体がひっかかったのが原因と説明した。艦内の装置の作動不良に襲われ、艦長の大佐や将校22人を含む計55人の乗組員が低酸素症で死亡したとされると伝えた。
中国政府当局者は当時、沈没が起きたことを否定。この沈没情報を追った米誌ニューズウィークが国防総省に報道の真偽を確認したところ、当局者はコメントを拒んだという。