中国にとっての南シナ海 なぜフィリピンに強硬姿勢を取るのか?

中国海警局の船から放水されるフィリピンの補給船(3月5日)|Aaron Favila / AP Photo

 中国は南シナ海をめぐり、フィリピンやベトナムとの対立を強めている。他国との間に横たわる南シナ海の権利を強行に主張する背景には、軍事および経済上の利益を確保したい中国の思惑がある。

◆南シナ海問題を象徴する「シエラマドレ号」
 南シナ海における中国とフィリピンの対立の象徴的存在として、シエラマドレ号がある。老朽化した第二次世界大戦時代の船であり、1999年、南シナ海南部のセカンド・トーマス礁にフィリピンが意図的に座礁させた。

 米ワシントン・ポスト紙(7月23日)は、中国側がこのシエラマドレ号の存在を強く嫌っていると報じている。同紙によると政府系シンクタンクである中国南海研究院の呉士存名誉院長は、「こうした国々は、これらの島や礁を違法に占拠しており、それを正当化し、国際的な認識を得ようとしている」と批判する。

 中国は強硬手段に出ている。中国はフィリピンがシエラマドレ号に物資を送ることを防ぐため、フィリピンの補給ミッションを繰り返し妨害してきた。2023年3月には、フィリピンの海軍船と沿岸警備隊の船が民間船を護衛してセカンド・トーマス礁に補給物資を運んでいた際、中国の沿岸警備隊の船と海上民兵の船がフィリピンの部隊を取り囲み、放水銃を使用した。フィリピン側の民間船は損傷し、乗組員が怪我を負っている。先月には、フィリピン海軍の補給船と中国船が衝突し、フィリピン兵7人が負傷、1人は指を切断する重傷を負う事件が起きている。

◆世界貨物の3つに2つが南シナ海を通過
 中国が南シナ海にこだわる理由は何だろうか? 一つは、地理的な要因だ。南シナ海は中国にとって、太平洋への入口であり、アジア太平洋地域での軍事的優位性を確立するうえで重要な拠点となっている。

 アメリカに対する焦りも大きい。国際NGOである国際危機グループで中国担当シニアアナリストを務めるアマンダ・シャオ氏は、ワシントン・ポスト紙に対し、「中国は南シナ海での支配を確立する必要があると考えています。特にアメリカからの安全保障上の脅威が増していると感じているからです」との見解を示す。

 さらに南シナ海は、国際貿易の要衝でもある。ナショナル・インタレスト誌は、南シナ海は世界で最も交通量の多い海上ルートの一つだと指摘する。2022年には、世界全体の貨物の64%がこの海域を通過した。仮に中国が南シナ海を支配することができれば、日本への貿易やアメリカの経済活動に不可欠な技術、特にマイクロチップなどへのアクセスを、自在に制限することが可能となると同誌は論じる。

 一方、南シナ海におけるフィリピンと中国の緊張関係は、中国による台湾への圧力と深く関連しているという指摘もある。ブルームバーグ・オピニオンのコラムニストは、中国は、フィリピンを弱体化させることで、間接的に台湾に対しても圧力をかける狙いがあるとする。フィリピン国家安全保障会議のマラヤ副局長は、中国にとって優先事項は台湾で、中国はフィリピンに対する強硬姿勢を通じて、紛争を抱えるほかの国々へ「フィリピンのような行動を取るとこのような目にあう」と警告を送っていると述べたという。

◆「九段線」の無効判決を無視
 中国は歴史的に、南シナ海に対する領有権を主張してきた。海洋資源開発や漁業権などの確保を狙った動きだ。南シナ海のほぼ全域に張り出すように、「九段線」などと呼ばれる9つの断片的な線を引き、1953年からその内側において、自国の海洋権益を主張してきた。

 しかし2016年、ハーグの国際仲裁裁判所は、中国の南シナ海における九段線の主張を否定する判決を下した。ところが、中国はこの判決を「無効」として否定した。中国側は、ベトナムがベトナムのEEZ内で掘削を行うことに対し、軍事力を用いると脅している。

 フィリピン側としては中国との対立を避け、外交重視により解決するトーンを打ち出す姿勢だが、中国側が態度を早々に軟化させるかは不透明だ。

Text by 青葉やまと