トランプ大統領の孤立主義で東南アジアに空白 それを埋める中国

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【北京・AP通信】 習近平中国国家主席は先月、「自ら孤立状態に陥っていられる国などない」と発言した。これは大統領として初めて東南アジアを公式訪問する、ドナルド・トランプ米大統領についての発言でもあったのかもしれない。

 トランプ氏が内向的政策を推し進める一方、東南アジアでは中国が、時には疑わしい歴史的権利を主張しながらも、インフラ事業や安全保障、貿易への協力を積極的に申し出、観光事業の発展を望む各国には観光客を送り込み、発展途上国が目指すべき見本として自らをアピールしている。ちょうどアメリカが手を引いたことによりできた空白に、中国が飛び込んだ形だ。

 中国が影響力を拡大し、東南アジアの一部地域ではアメリカの力が弱体化している。南シナ海問題で中国と意見が対立し、解決の目途が立たない東南アジアにおいては、これまでも中国が横暴な国家と見なされることは少なくなかった。それだけに米中の力関係の変化は異常な事態と言える。

 マニラを拠点に活躍するアジア情勢の専門家で作家のリチャード・ヘイダリアン氏によると、東南アジア諸国は、習氏とトランプ氏の動向を見比べてきた結果、中国国家主席の発言により大きな安定感と安心感を見出した。

「東南アジアにおける影響力という点では、アメリカは明らかに衰退の途にある」と、ヘイダリアン氏は言う。「トランプ氏は大統領に就任してから、中国よりいっそう保護主義的な発言を繰り返している。そこで中国が、我こそが世界経済の秩序を守る国家だと名乗り出るという奇妙な、実際のところ嘘のような状況が生まれている」。

 トランプ氏と習氏の双方が打ち出した新たなアプローチを両立するのは難しいが、この局面を、東南アジア諸国がどう乗り切ろうとしているのか見てみよう。

◆トランプ大統領:「根本的に異なる」アプローチ
 トランプ氏は、アジアとの関係性についてはどの側面から比べて見ても、前任のバラク・オバマ元大統領に及ばないだろう。オバマ氏は幼少期をインドネシアとハワイで過ごしたことがある。

 オバマ氏は昨年、東南アジア各国の首脳をアメリカに迎えた。オバマ政権は、アメリカが何年にも渡りアジアを蔑ろにしてきたとし、アメリカの関心を再度アジアへ戻そうと政権の「方向転換」を目指し、大きな成果をあげた。

 東南アジアにおける権力を中国に譲っても構わないとするトランプ氏の姿勢を、最も強く示す出来事が起こったのは、1月の大統領就任直後だ。アメリカにより大きな利益をもたらす二国間貿易を重視するとして、トランプ氏は、環太平洋パートナーシップ協定からの撤退を表明したのだ。

 オバマ氏はというと、環太平洋地域に対するコミットメントの象徴として、そして中国の権力拡大に対する抑止力として、マレーシア、ベトナム、ブルネイ、シンガポールなど同地域の国々での貿易協定を提唱してきた。

 アメリカが離脱し、残されたTPP参加国は、アメリカ不在のまま協定を締結する方法を模索している。このような状況でトランプ氏が保護主義政策を進めれば、中国がさらに勢力を広げることになるだろうと批評家らは予測している。

 シンガポールのリー・シェンロン首相は、最近ワシントンを訪問した際に、トランプ政権の「根本的に異なるアプローチ」のおかげで東南アジアの多くの国々が直面しているジレンマを上手く説明した。

 リー首相によると、中国人は自らの目的を追求するため「とても熱心に、黙々と地盤を広げている。そして新たな地にアメリカ人がいようがいまいが関係なく、そこで友好関係を築き、影響力を持つようになる。その土地の人々は辺りを見回した結果、そこにアメリカ人がいなければ、『アメリカ人とも中国人とも仲良くなりたいが、中国人はその準備ができているようだから、まずは彼らと仲良くなろう』と言うだろう」。

◆習国家主席:「堂々と、確固たる」アプローチ
 中国で毛沢東政権以来の強大な権力を誇る指導者として地位を固めた習氏は、先月開催された5年に1度の中国共産党大会で演説し、中国は「今、東洋に堂々と君臨し、確固たる地位を手にした」と明言した。

 ワシントンにあるシンクタンク、戦略国際問題研究所の中国情勢の専門家、ボニー・グラーサー氏とマシュー・ファンナイオール氏が最近執筆した記事によると、中国は2009年の世界金融危機の発生を機に、アメリカが衰退期を迎えたと見るようになったが、「現在はその確信をよりいっそう強め、ドナルド・トランプ政権下のアメリカが、国際社会における牽引力を失いつつあると見ている」。

 中国は南シナ海においてほぼ全域の権利を主張していたが、中国政府が昨年、その姿勢を「前向きに軟化させる」という決断を下した。これが東南アジアで中国が台頭した理由のひとつだと、中国人民大学で国際関係を専門とする时殷弘氏は言う。

 さらに中国が影響力を拡大したもうひとつの理由として、組織的な人権の侵害や、政治腐敗により非難を受けている東南アジアの国々に対する支援に意欲的ことも挙げられる。

 中国はカンボジアに大量の支援物資と資金援助を提供した。それによりカンボジアでは、フン・セン首相の長期独裁政権が存続し、報道規制と政治的敵対勢力への弾圧が横行している。

 2014年のクーデターにより民主的政府を失墜させたタイの軍事政権は、軍政に否定的な西洋諸国に対する拮抗勢力として、中国との新たな関係を構築した。

 東南アジアにおける習氏最大の戦略「一帯一路」構想は、地域一帯に道路や鉄道、港湾を整備し、様々な経済プロジェクトを展開することで、中国を東南アジア、中央アジア、アフリカ、ヨーロッパ、さらに遠くの地域へと繋げることを目標に掲げる。

 中国が一帯一路構想の一環として、高速鉄道システムの開通を持ちかけた時、東南アジアの国々は自国の政治・経済への介入を不安視していた。

 しかしインドネシアとタイで行われた交渉を見てみると、「中国は、横暴な態度でホスト国に条件を押し付けたりせず、かなりの柔軟性と譲歩を示す態度が目立った」と、中国情勢の専門家アガサ・クラッツ氏とドラガン・パブリチェビク氏は対談で話している。

 中国の経済力、影響力、政治的圧力が急速に強まる中、東南アジアでは、どこまで中国の懐に入り、そしてアメリカとはどの程度の距離を取るのが賢明な選択なのか、判断に迷う国も多い。一部地域においては、反中感情によりこの問題が複雑化している。

 その結果、トランプ氏との距離については判断をひとまず保留し、同氏の東南アジア訪問で見極めたいとしていた。

 时殷弘氏によると、「東南アジアの各国は、トランプ政権に対し、より大きなコミットメントを望んでいる。しかし対中関係が悪化する可能性を考えると、態度を明確にしたくない」。

By FOSTER KLUG
Translated by t.sato via Conyac

Text by AP