北朝鮮がアメリカを憎悪する理由 同時に必要ともしている?
北朝鮮が7月28日に行った大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験について、朝鮮労働党機関紙、労働新聞は同31日の社説で、アメリカが「わが民族に負わせた苦痛に対しひざまずき謝罪するまで」、米本土を脅かす核・ミサイル能力を誇示し続けると宣言した(韓国・連合ニュース)。
北朝鮮はなぜこうもアメリカを敵視し続けるのか。米メディアは「朝鮮戦争の負の遺産」「反米教育の影響」「生き残るために敵が必要」などの理由を挙げ、分析している。
◆凄惨を極めた朝鮮戦争
CNNは、1953年から停戦中の朝鮮戦争はまだ終わっておらず、多数の犠牲を強いられたアメリカに対する憎しみが癒えていないからだと見る。北朝鮮は、アメリカを中心とする国連軍との3年間の戦争で、960万人の人口のうち、130万人を失った。国連軍司令官を務めたダグラス・マッカーサー元帥は後に、朝鮮戦争の凄惨さを「私は、朝鮮半島で続く人々の虐殺に対し、言葉では表現し難い恐怖に震える。おそらく、私は今生きている人間で最も多くの血と悲劇を見ている」と表現している。
アメリカの攻撃手段の中心は空爆だった。米軍機は、太平洋戦争全体よりも多い63万5000トンもの爆弾を投下し、北朝鮮全土を廃墟にした。戦後の北朝鮮は、これをプロパガンダに利用して、アメリカをまた同じことをしてくる「顔の見えない敵」だと国民に教え込んでいる。韓国の釜山国立大学の政治学者、ロバート・ケリー教授は「それが、恒久的な緊急状態を正当化する政治的なツールになっている。日本の植民地支配も同じように使われている」と分析する。
核開発についても、北朝鮮政府は国民に「アメリカの侵略を防ぐために不可欠な投資」だと説明しているという。金王朝は、制裁解除のために核開発をあきらめたリビアの独裁者、カダフィ大佐も最終的には追放され殺されたのを見て、ますます核にしがみつく姿勢を強めたとCNNは見る。
◆面と向かって「American bastards!」
韓国系アメリカ人のシンクタンク研究員、ジーン・H・リー氏は、AP通信のソウル支局長時代に北朝鮮を訪れた際、国民に根付く反米感情を目の当たりにした。彼女は、ニューズウィーク誌が掲載している「北朝鮮の子供たちはいかにアメリカ人を嫌うように教えられているか」と題した記事で、米軍の蛮行を伝える展示をしている「信川(シンチョン)博物館」のことを伝えている。
信川博物館は、平壌南方の信川村にある戦争博物館。同地は、1950年10月から12月にかけて米軍の占領下にあり、その間、住民の4分の1にあたる3万5000人余りが米軍の手で虐殺されたと北朝鮮は主張している。博物館は、7万点余りの遺物や証拠資料、写真でその悲劇を伝える展示をしている。北朝鮮の学校では、毎年春と夏に同博物館に遠足に行き、子どもたちに反米感情を叩き込むという。1958年に開館した同館は近年、リニューアルされたといい、訪朝時に北朝鮮政府のガイドに連れて行かれたというリー氏は、「反米のメッカ」だと表現する。
アメリカを徹底的に悪と決めつける展示内容もさることながら、リー氏が驚いたのはガイドを始めとするほとんどの北朝鮮人が、「アメリカ人」と言う時、必ず「American bastards(アメリカのろくでなし野郎)」と吐き捨てたことだという。見た目が同じ朝鮮民族のリー氏ではあるが、相手はリー氏がアメリカ人であることを当然知っているし、白人の同僚も同行していた。それでも、迷うことなく「American bastards」を連発されたという。ただ、当の子供たちは、道端でリー氏一行に出会うと、興味津々な表情で「Hello, how are you?」と英語を使うのが楽しくてしょうがない様子でフレンドリーにあいさつしてきたという。北朝鮮政府のプロパガンダも、純粋な子供たちの心までは完全に支配しきれていないと信じたい。
◆常に敵を必要とするイデオロギー
この種の分析記事で必ず取りざたされる「反米の理由」の一つに、「北朝鮮は体制維持のために常に敵を必要としている」というものだ。スミソニアン.comは、北朝鮮が主要イデオロギーに掲げる「チュチェ(主体)思想」「先軍政治」と「2つの道」をその典型に挙げる。
「チュチェ(主体)思想」は、初代金日成氏の時代から掲げられている思想で、ソ連・中国の間で社会主義国家として存続するための理由付けとして考え出されたとされる。自主独立、独自の社会主義建設を説くが、実態は金一族の神格化、軍事力による国家建設の正当化に結びついているという見方が強い。「先軍政治」は、金日成の後を継いだ金正日氏が総書記に就任した頃から使われ始めた言葉で、すべてにおいて軍事を優先し、朝鮮人民軍を理想の社会主義建設の主力とみなす思想だ。「2つの道」は、金正恩氏が打ち出したもので、「チュチェ思想」と「先軍政治」の両方の影響を受けている。北朝鮮経済は一般市民向けの消費財の生産と核開発の両輪に集中すべきだという思想だとされる。
これらのイデオロギーは、いずれも自国を取り巻く大国を意識したものだと言える。また、人民をイデオロギーによってまとめ上げるには、「共感」よりも「憎しみ」の方が効果的だという考え方もあるだろう。建国当初は、戦時中の恨みから日本もアメリカと並んで敵視され、今も広く「血の海」という抗日闘争に身を投じた貧しい農民を主人公にした劇が演じられている。しかし、北朝鮮にとって、最大の「敵」がアメリカなのは、現在の情勢を見ても、過去の歴史を見ても明らかだ。そのアメリカなくして国体を維持できない状況になっているのは、まさに皮肉と言えよう。