湾岸諸国のカタール断交 なぜ?
著:David Mednicoff(マサチューセッツ大学アマースト校 Assistant Professor of Public Policy and Director, Middle Eastern Studies)
湾岸アラブ諸国といえば石油で獲得した富、高級ショッピングモール、強力なムスリム・アイデンティティーを思い起こす。地域の熾烈な競争、外交断絶、慌てふためいて食料品を買い込む市民の姿などは通常ちょっと想像できない。
それではなぜ今回バーレーン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、イエメン、それに湾岸諸国ではないエジプトが突然小国カタールとの国交断絶に踏み切ったのか?この国際危機は中東や世界にとって何を意味するのだろうか。
◆紛争の原因は何か
湾岸アラブ諸国は多様な国を含んでいる。分裂し戦争で破壊されたイエメンがあるかと思えば、観光地であり政治的に穏健なオマーンや、バーレーン、カタール、UAEのような石油王国の小国、そして中東の大国サウジアラビアなどがある。
サウジアラビアはこれまで湾岸アラブ諸国最大の国として共通の地域政策を推進し、地域の指導的役割を担ってきた。しかし、ここ数十年、カタールやUAEなどの小国は石油による巨万の富により急成長を遂げ、その余剰資本により独自の世界的影響力を確立してきた。
UAEがこの近隣の大国と外交政策の足並みを揃えてきたのに対し、カタールはその富を利用してサウジアラビアとは異なる政策を取り、時にはサウジアラビアに対抗することもあった。カタールの地位は、首都ドーハに本社を置くメディアネットワーク、アルジャジーラにより押し上げられている。アルジャジーラはカタールを支配する一族が資本の一部を拠出し、中東全体を通して人気の高い放送局だ。
サウジアラビアはカタールの外交政策の主張、とりわけ最大のライバルであるイランとの友好関係を快く思っていなかった。シリア内戦では、両国共にシリアを支配するバッシャール・アル=アサドに対立する立場を取ったが、カタールはスンニ派民兵を支持してきた。カタールは民主的に選出されたエジプトのムスリム同胞団政権や他の反体制イスラム主義組織とも良好な関係を保っていたため、再びサウジアラビアの立場とは大きく異なるところとなった。
2013年、エジプトのムハンマド・ムルシー元大統領指揮下のムスリム同胞団政権は軍により追放され、軍部は陣頭指揮を執ってアラブ諸国の権威を脅かす可能性のあるスンニ派イスラム教組織を取り締まった。その一部のイスラム教組織の中にはカタールの支援を受けている組織もあった。
2014年、サウジアラビア主導の政策と共同歩調を取るようカタールに圧力をかけるべく、サウジアラビア、バーレーン、UAEは隣国カタールとの国交を一時中断した。これに応じてカタールはスンニ派の政治団体民兵の公然たる支持やイランへの協力を若干後退させたが、依然として独自の外交政策の権利を強く主張していた。
◆何が現在の危機を招いたのか
2014年以来、カタールと近隣国との関係は穏やかに改善していたが、サウジアラビアや政治評論家らは依然としてカタールが中東地域で妨害工作を行っていると訴えた。
そして5月21日、トランプ大統領がリヤドを訪問し、米国のサウジアラビアやエジプトとの関係を強化し、イランやイスラム「過激派」に対する共同戦線を促進した。「過激派」という表現は、サウジアラビアにとってはムスリム同胞団のような政治的な敵対勢力を含めることが可能な曖昧な言い回しだ。
それからまもない5月24日、カタールの指導者が中東地域におけるイランの政治的役割とカタールのイスラエルとの絆を公に認める発言をしたという疑惑を受け、サウジアラビアとUAEによってカタールのニュースサイトがブロックされた。湾岸アラブ諸国の指導者であれば通常そのような立場を正式に取るはずがない。カタールの複数の情報筋は、疑惑の発言は不正確であり、ドーハの報道機関はハッカー攻撃を受けたと主張した。
しかし、サウジアラビアとUAEの情報筋はこの疑惑の発言を宣伝し、カタールの外交政策は、2014年に共同歩調を取る姿勢を見せたにもかかわらず依然として歩調から逸脱したものであることを示す新たな兆候であると説明した。トランプ政権がサウジアラビアに対する大規模な武器売却を発表したことは、再びイランと対決することを米政権がサウジアラビアに新たに請け合うことを示唆している。これにより、サウジアラビアがカタールの手綱を取れるようになるという自信がついたようだ。
◆カタールの見通しは?
カタールの野心的な成長戦略には、自国の社会をグローバルな文化、教育、ビジネスに影響力をもつ組織に門戸を開くことが含まれており、2022年のサッカーワールドカップ主催の立案も完了している。そのような野心の一環として、カタールは幅広いグローバルパートナーと連携したいと断言していた。
イスラム集団とアラブ諸国の政府間の仲裁やイランと他国の間の仲裁もそのような外交政策に含まれている。一部からはこのアプローチは二枚舌だと批判を受けているが、カタールの複数の政府筋はイスラム政治の敵対勢力の鎮圧が成功していない地域における紛争解決の合理的な戦術だと異議を唱えるに違いない。
実際にこの危機の引き金となるものが何であれ、ハッキングに関するカタールの懸念、最近のサウジアラビアや他国のカタールに対する批判、他の湾岸諸国の政府からの電子メールの漏洩は、巧妙に仕組まれた組織的な反カタールキャンペーンらしきものに不当に苦しめられているという想いをカタールに与えている。
◆これがなぜ問題なのか?
アラブ湾岸地域の安定は国際貿易、国際輸送、地域の軍事上の安全に不可欠だ。例を挙げると、ドバイは、ここ数年、世界で国際旅客輸送の最も交通量の多い空港だが、カタールのハマド国際空港はそれに近い繁華な空港だ。そして米軍兵士1万1,000人が配備されているカタールは中東最大の米軍基地を擁している。
つまり、アラブ湾岸の緊張の劇的な悪化は地域の安定を脅かし、シリア、リビア、ISが制御するイラクやイエメンの深刻な紛争の解決を一層困難にしているのだ。実際、カタールはアラブ諸国からの孤立によりトルコや、イランにさえ接近することになりかねない。
より一般的にいえば、反カタールへの移行は、2011年のアラブの春後の幅広い地域的移行の一環だ。多くのアラブ諸国の政府は意見の相違を鎮圧するために強力に行動することで、自らの存在が正当化されていると感じている。それらの国々は国内においては安定を維持するために、国外ではイエメンのように紛争に対し武力を行使することを容認する傾向が強い。トランプ政権もこれに満足しているようだ。
事実、トランプ大統領は、何度かツイートして高まる紛争に直接加わり、カタールを「過激思想」への資金提供者として名指ししている。米国は最終的には地域の安定と米軍基地という自国の利益から紛争の仲介をする可能性がある。同時にトランプ大統領はサウジアラビアの立場と、地域の政策に関するアラブ諸国の意見に異議を唱えるのを抑制する傾向に支持を表明している。
この傾向は、カタールの過去の自治と政治に反対するものであり、カタールに弁解の余地をあまり残していない。カタールにはサウジアラビアの政策に従いアルジャジーラの独立性を制限するより他に選択肢はないようだ。紛争がすぐに解決されるか否かにかかわらず、サウジアラビアのカタールに対する新たな動きは、カタールの政治的影響力をできる限り制限しようという決意を浮き彫りにしている。
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by サンチェスユミエ