金正恩(キム・ジョンウン)氏を動かすものは何か
著:Stephen Benedict Dyson(コネチカット大学 Associate Professor of Political Science)
先日ドナルド・トランプ大統領は、北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)氏について「なかなか切れるやつだ」と話した。
トランプ氏は「彼は27歳だ」と思慮する。「彼の父親がこの世を去り、そして(彼が)その後を継いだ。どうしたって苦労も多いはずだ。」
高射砲や化学兵器を使って国内の対抗分子を暗殺した金正恩氏は、今度はアメリカを射程に入れた核ミサイル開発をもくろんでいる。一連の行動がアメリカとの「非常に深刻な衝突」を引き起こす可能性があり、トランプ氏は「彼が合理的であることを望む」と述べている。
私は政治指導者について研究しているが、それを通してわかったことがある。それは、人によって「合理性」の定義が異なっているということだ。「どのように動くのが一番良いか」という核心的な問いに対し、状況を客観的に見ながら、誰の目にも論理的と映るような答えを出すのではなく、あくまでその指導者特有の信念に基づいてしまうことが多い。
歴史上、ヒトラーからフセイン、フルシチョフにいたるまで外国には理解に苦しむような指導者が存在するが、彼らから学ぶことは多い。アメリカが国家安全保障のための判断を下すにあたり、何をおいてもまず取り組むべき課題は、相手方を理解するということだ。
金正恩氏を思うように動かしたいと思うなら、我々は考えなければならない。彼には何が見えているのか、ということを。
◆過去の教訓
1943年の春、アメリカのCIAの父とよばれるウィリアム・“ワイルド・ビル”・ドノバン氏はヒトラーを理解できずに苦しんでいた。ドノバン氏は、フランクリン・D・ルーズベルト大統領に「ヒトラーを動かすもの」を伝えたいと考えていたのだ。
ドノバン氏は当時、軍事作戦に参加していた精神分析者、ウォルター・C.・ランガー氏に電話し、相談をもちかけた。「ヒトラーのことをどう思う?すべてを仕切っているのがヒトラーだとしたら、彼はどういった人間なのだ?彼の野望は何だ?」
ランガー氏は、ヒトラーに関するわずかな情報とフロイトの精神分析学の視点を組み合わせて、研究を行った。そして、ヒトラーは連合軍に捕らえられるくらいなら自殺する、と明確に予測した。しかし、彼の知見は対ドイツ向けの軍事戦略とは大きくかけ離れていた。この報告書は制作に大いに時間がかかり、ドノバン氏の手元に届くころには戦争は終わりを告げようとしていた。
時代は進み、私は元国連の兵器捜査官だったチャールズ・デュエルファー氏と共に、何がサダム・フセイン元イラク大統領を動かしたのか、ということについての研究を行った。 デュエルファー氏は数年にわたってイラクとアメリカの窓口となっていた。政権が倒れた後、彼はその兵器計画に関する決定的な報告書を作成している。
フセイン元大統領が下した意思決定について、論理的な視点で研究していた我々は、彼独特の思考の泥沼に行き当たった。最も驚いたのは、フセイン氏が、2002年6月にアメリカの陸軍士官学校で行われたジョージ・W・ブッシュ大統領の演説を誤って解釈していたという事実だ。ブッシュ元大統領はフセイン元大統領に向けて、国連の要求をのまなければ戦争になる、と厳しく警告した。ブッシュ氏は「自由に対する最も深刻な危険は、大量破壊兵器を持つ、バランスを欠いた独裁者だ」と語っている。スピーチの後半、彼はロナルド・レーガン元大統領について「暴君の残忍さ」を立証したことを称賛した。
ここでブッシュ氏が言ったことを、フセイン氏はまったく違った意味で受け取っていた。
フセイン氏は自分自身がバランスを欠いているとは思っておらず、自身が大量破壊兵器を持っていないことも自覚していた。そして、レーガン大統領の時代にはアメリカとイラクの関係は良好であったことも思い出した。イラン・イラク戦争時にはアメリカはイラク側についていたのだ。ブッシュ氏が政権についてから事態が悪化し始めた、というのが彼の意見だ。
フセイン氏はブッシュ元大統領の話を聞いても、それが自分のことだとは思わなかったのだろうと我々は分析している。イラクではなく、北朝鮮に対して警告していたに違いない、と結論付けたのだ。当時、金正恩氏の父親である金正日(キム・ジョンイル)総書記は、核兵器を所有していた。イラクの大統領が望みながらも、手に入れられなかったものだ。
ブッシュ元大統領は、自身の脅しに対するフセイン氏の反応の鈍さに驚いていた。のちに彼は「どうしたらもっと明確に伝えることができただろう」と問うている。
デュエルファー氏と私がフセイン氏について調査した際、期限に余裕があり、研究者としては贅沢な状況にあった。ランガー氏はヒトラーの研究に何カ月も費やした。危機的な状況の今、金正恩氏についての研究が後手に回り、政策決定の主要人物が各々の直感に頼る必要に迫られるかもしれない。
◆敵に感情移入する
2003年、ケネディ政権およびジョンソン政権下で国防長官を務めたロバート・S・マクナマラ氏の役割を検証するドキュメンタリーが制作された。その中で彼は「直感」について語った。そしてマクナマラ氏は、1962年の「キューバ危機」の裏側について、これまで公にされていない重大な内容を明らかにした。当時、ソ連の指導者であったニキータ・フルシチョフ氏は、核ミサイルをキューバに密輸し、9000万人のアメリカ国民を恐怖に陥れた。ジョンF・ケネディ元大統領がまず考えたのは、大規模な空爆で核ミサイルを破壊しなければならない、ということだ。もしも、その通り動いていたら、アメリカとソ連は戦争になっていたはずだ。
できるだけ幅広く助言を請うため、ケネディ元大統領は元駐ソ連大使のリュウェリン・“トミー”・トンプソン氏に当時の外交政策チームの補佐を依頼した。トンプソン氏はフルシチョフ氏と旧知の仲で、モスクワの自宅に泊まったこともあったという。
マクナマラ氏は当時を振り返り、トンプソン氏が「大統領閣下、あなたは間違っている」と言って空爆計画に反対したと語っている。「フルシチョフ氏は自らを窮地に追い込んでしまった」と。トンプソン氏はフルシチョフ氏の性格を知っており、彼が時に衝動的に行動し、後になって後悔することがあると指摘した。トンプソン氏は、フルシチョフ氏が自分のしでかしたことに恐れおののいていると考えていた。そして、ケネディ元大統領に対し、危機に陥っているソ連の指導者を救う道を提案したのだ。結果的にケネディ氏は空爆ではなく海上封鎖に踏み切り、フルシチョフ氏側が撤退することとなった。
マクナマラ氏が与えた教訓とは何か?それは敵に感情移入し、相手の目に世界がどのように映るかを感覚的に知るということだ。「相手の立場に立って、相手の目を通してこちら側を見るように努めなければならない」と彼は語った。
歴史は語る。金正恩氏を動かすには、彼に感情移入してみる必要がある(注意:共感するのではない)。どのようにしたら金氏を動かすことができるか、ということを知るには、トランプ大統領や彼の側近がまず理解しなければならないことがある。それは、金氏独特の、非常に特殊な視点から自分たちを見つめ、北朝鮮の指導者の目に我々がどのように映るか、を知ることなのだ。
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by isshi via Conyac
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