小学生英語だけど訳せない…トランプ節に泣かされる世界の翻訳者たち その理由とは?
アメリカ新大統領ドナルド・トランプ氏の就任演説では、「シンプルな英語で発音も分かりやすい」という意見がネットを中心に日本でも多く聞かれた。しかし本当にトランプ氏の英語は分かりやすいのだろうか? 世界中の通訳者・翻訳者たちは異を唱えている。
◆シンプルな英語は6年生レベル
トランプ氏の英語に苦労する各国の翻訳者たちの嘆きを掲載したワシントン・ポスト紙(1月23日付)は、トランプ氏の英語について、「語彙と文法構造がシンプルなので、理解しやすい演説だと感じる人がいる」一方で、「理論がややこしいこと、話題が飛びまくること、事実と主張する話の根拠が薄いことから、まるで支離滅裂な発言のように聞こえてしまい、英語以外の言語に訳すのは至難の業」だと分析する。
トランプ氏の英語がシンプルというのは、実際に研究で明らかにされている。2016年3月18日、ワシントン・ポスト紙はカーネギーメロン大学の調査結果を掲載した。これは、2016年の大統領選で当時の候補者5人が行った演説を分析し、演説内容の難易度を1年生(6歳)から12年生(18歳)までレベル分けしたものだ。結果は、「ほとんどの候補者が使用した言葉や文法は6〜8年生のレベルだった。ただしドナルド・トランプは他の候補者より低い傾向にある」というものだった。文法に関しては、他の候補者は6〜7年生レベルだったが、トランプ氏だけ5.7年生レベルだったという。
◆「限定的な語彙にボロボロの構文」
語彙も少なく構文もシンプルなら翻訳するのは簡単だろう、と思うところだ。しかしトランプ氏の場合は少し違うようだ。フランス語翻訳者のベランジェール・ヴィエノさんは米オンライン雑誌のロサンゼルス・レビュー・オブ・ブックスとのインタビューに答え、トランプ氏自身が落とし所も分からずに話しているようであることや、「語彙は限定的だし、構文はボロボロ。おまけに同じフレーズを何度も繰り返す」と指摘。「トランプ氏の言葉をその通りに訳せばフランス語で読む人は理解に苦しむだろうし、そうなると翻訳者の実力が疑われてしまう」。とは言えもっと流暢で分かりやすい言葉に訳してしまうと、「きちんと話す普通の政治家」のような本来の姿とは異なる印象を与えてしまうため、翻訳者としてジレンマを抱えるという。
◆皮肉や比喩を好むトランプ節
一方、トランプ氏の言葉を訳すのが難しいのは、その独特な言葉遣いや言い回しにも原因がある。SBSラジオのスペイン語番組製作総責任者のソラーヤ・カイセド氏は、「使っている言葉は難しくないが、南米の人が意味を理解するのは難しいと思う」と話す(オーストラリア公共放送SBS電子版)。というのも、トランプ氏は皮肉や比喩的表現を好むのだ。以前、「メキシコ人はレイプ犯だ」とか、「中国がアメリカをレイプしている」と発言したことがあった。カイセド氏によると、前者は文字通りの性犯罪を指しているものの、後者は経済を比喩的に言っているだけで、中国がアメリカに性的暴力を振るっていると言っているわけではないと説明する。
これで思い出すのが、トランプ氏が就任前に日本の安倍首相について行った発言だ。「Abe is a killer」と言った発言を日本の放送局が「安倍は殺人者だ」と訳し、悪意を持った発言だと解釈したことがあった。これを受けてネット上では、「本来は”やり手”と言う意味で、逆に褒めている可能性も」と指摘されていた。シンプルな英語と思って字面をそのまま受け止めてしまうと、危険な誤解を生じかねない。
◆英語ネイティブも首を捻る
興味深いことに、トランプ氏の言葉の解釈に苦労しているのは、何も英語を母国語としない人たちだけではないらしい。インデペンデント紙によると、最初の大統領候補テレビ討論会でトランプ氏は「bigly」と聞こえる言葉を言った。存在する単語ではあるのだが、英語を母国語とする人たちはその意味に首を傾げたという。アメリカの著名オンライン辞書メリアム・ウェブスターによると実際、討論会のあった2016月9月26日と翌27日にはbiglyの検索数が急増したという。同辞書サイトによると、トランプ氏がこの時実際に言った言葉は「big league」だった。本来この表現は野球の大リーグを指すのだが、トランプ氏はこの時の発言を含め、比喩的な形容詞としてこれを使用することが多いのだという。ただし同辞書サイトは、このような使い方は非常に珍しいと説明している。
というわけで、トランプ氏の英語は語彙や文法構文は非常にシンプルでありつつ、独特な言い回しや比喩が多く一筋縄ではいかない。世界の通訳者や翻訳者が「トランプ節」に慣れるまで、少し時間がかかるかもしれない。