ローマ教皇がポーランドで「複雑な歓迎」を受ける理由…移民巡る教皇の思いと厳しい現実
ポーランドを訪問中のフランシスコ・ローマ教皇は27日、古都クラクフに向かう専用機の機中で、報道陣に向かって相次ぐイスラム過激派テロを念頭に「世界は戦争状態にある」と発言し、危機感をにじませた。ただし、それは宗教戦争を意味するものではないとも強調した。また、ポーランド到着後にはアンジェイ・ドゥダ大統領ら政府高官と国民に向け、ヨーロッパに流入するシリアなどからの難民を積極的に受け入れるよう求める演説をした。
中道右派のドゥダ政権は、難民受け入れに反対姿勢を打ち出しており、大多数の国民がこれを支持している。ポーランドはヨーロッパ随一のカトリック国だが、教皇は最高レベルの警備のもと、「複雑な歓迎」(英エクスプレス紙)を受けているようだ。
◆「全ての宗教は平和を欲している」
教皇の「戦争状態」発言には、テロの矛先がついに欧州のカトリック教会に直接向かったことが強く影響している。フランス北部のルーアン近郊で26日、刃物を持った男2人がカトリック教会を襲撃し、5人を人質に取った。この際、神父1人が喉を切られて殺害され、1人が重体となった。犯人らは警察に射殺されたが、その1人は過去にシリアへの入国を試みて拘束され、フランス当局の監視下に置かれていた19歳の男だった。事件後、「イスラム国(IS)」は犯行声明を出した。
フランシスコ教皇は事件に対し、「野蛮な殺害行為」と非難声明を出していたが、今回のポーランド行きの機上では、信者に向かって訥々と語りかけるように、さらに突っ込んだ発言を行った。「教会全体に祈りを捧げたその瞬間に殺害された神父も、犠牲者の1人だ。しかし、いったい何人のクリスチャンが、何人の無実の者が、何人の子供が(犠牲になったことか)?」と言葉を絞り出した。そして、「この現実を認めることを恐れてはならない。世界は平和を失い、戦争状態にある」と語った(ウォール・ストリート・ジャーナル紙)。
ただし、この発言がローマ教皇の「宗教戦争」宣言と誤解されることのないよう、次のように付け加えた。「金のための戦争がある。天然資源のための戦争がある。人々を支配するための戦争がある。私が宗教戦争を語っていると思う人がいるかも知れない。違う。全ての宗教は平和を望んでいる。戦争を欲しているのは、それとは異なる人々だ」。ISやISを信奉するテロ実行犯たちには真の宗教心などなく、その目的は経済的・政治的利益だとフランシスコ教皇は強調した。
◆テロへの恐怖を克服するためにも難民の受け入れを
教皇のポーランド訪問の目的は、クラクフで開かれている若いカトリック信者のイベント「世界青年の日」への出席で、31日まで滞在する予定。ポーランドは欧州随一のカトリック信者の割合が高い国で、歴史的にローマ教皇に対する支持も厚い。ポーランド出身の先々代のヨハネ・パウロ2世は、民主化のシンボルとなり、今も絶大な人気を集めている。
初訪問となったフランシスコ教皇も本来であれば大歓迎を受けるところだが、難民問題が事態を複雑にしている。ポーランドでは昨年10月、「反難民」を掲げた当時の最大野党「法と正義」が8年ぶりの政権交代を果たしている。ドゥダ政権は既に同国がEUに表明していた7000人の難民受け入れの停止を発表し、受け入れ拒否の姿勢を明確にしている。
一方、フランシスコ教皇は、折にふれて難民を積極的に受け入れるよう呼びかけており、各国のカトリック教会に対しても難民支援を惜しまないよう指示している。クラクフ到着後、政府関係者とポーランド国民に向けた第一声も、難民受け入れを説くものだった。「戦争と飢えから逃れた人々を受け入れる精神と、自由と安全の中で信仰を告白する権利などの基本的人権を奪われた人々への連帯」を呼びかけ、テロへの恐怖を克服する方法は、そうした迫害された人々を受け入れることだと説いた。
◆「洗足式」での祝福のキスにヘイト・スピーチも
しかし、その教皇の呼びかけをポーランド政府・国民が素直に受け入れるとは考えにくい。特にポーランド国民の非難の的になっているのは、今年3月にローマの難民受け入れ施設で行われた「洗足式」(イエス・キリストが最後の晩餐で12人の使徒たちの足を洗ったことに基づく儀式)で、フランシスコ教皇がイスラム教徒を含む難民たちの足に祝福のキスをしたことだ。これを受け、ポーランドのネット上には「非難の叫びやヘイト・スピーチすら噴出した」(エクスプレス)という。
フランシスコ教皇への不信感はカトリック教会にすら広がっているようだ。エクスプレスによれば、「世界青年の日」に寄せたポーランドカトリック教会の祝電には、ヨハネ・パウロ2世の名前が3度出てくるが、フランシスコ教皇については一言も触れていないという。また、首都ワルシャワの聖救世主教会では、「巨大なヨハネ・パウロ2世の大きな肖像が掲げられ、フランシスコ教皇の小さな肖像はその影に隠れるようにひっそりと佇んでいる」と同紙は書く。
こうした中での訪問であることを示すように、フランシスコ教皇の周囲は常にSPで固められ、最高レベルの警備が敷かれている。そのうえで行われた難民受け入れの呼びかけは、教皇の覚悟の強さを示すものだろう。「宗教戦争ではない」という教皇の言葉が、意味深長に聞こえてくる。