“親日・台湾新政権は日本に歩み寄る”は早合点? 沖ノ鳥島問題はむしろ台湾有利に?
台湾では20日、民主進歩党(民進党)の蔡英文氏が総統に就任し、新政権が発足した。国民党の馬英九前政権の末期、日本と台湾は沖ノ鳥島の日本の排他的経済水域(EEZ)をめぐって対立、緊張が高まった。新政権となって間もない23日、緊張の緩和につながりそうな動きが発表された。だがこれを、親日的な蔡政権が日本に対して融和的な動きを見せた、と捉えればおそらく間違いとなる。台湾がしようとしているのは、あくまで交渉であり、事態はむしろ台湾の有利に進んでいるようだ。
◆新政権が早速打ち出した前政権からの方針転換
日台それぞれの窓口機関は23日、海洋協力について話し合う「日台海洋協力対話」を設立すると発表した。台湾の英字紙「チャイナ・ポスト」によると、台湾・行政院(内閣)の童振源報道官はこの件に関し、いかなる争議も交渉によって解決すべきであるというのが新政権の姿勢だ、と語った。また、日本との友好的関係を維持することが台湾の外交関係全体の重要な部分で、両国は緊張を高める恐れのあるいかなる行動もとるべきではないというのが政府の考えだと語った。中国が新政権に対して圧力を強めているなか、日本と友好的関係を保つことのメリットが新政権にとって大きくなっている、という事情もあるだろう。
日本側の窓口機関によると、対話の設置を受け、台湾側は「沖ノ鳥島のEEZに派遣していた巡視船を引き揚げさせる」と伝えたと毎日新聞は報じている。またNHKは、同機関からの伝聞として、「沖ノ鳥島沖の巡視船もすでに引き上げを始めている」と伝えた。
また童報道官は同日、沖ノ鳥島について、国連の大陸棚限界委員会の決定を尊重し、決定が下るまでは「法律上、特定の立場をとらない」と発表した。台湾国営通信社「中央社」ウェブサイト「フォーカス台湾」などが伝えている。馬前政権は、沖ノ鳥島は岩であってEEZを持たないと主張していたが、(新政権は)事実上この主張を撤回したと産経ニュースは伝えている。
それを端的に表す事例として、フォーカス台湾によると、馬前政権は公文書では「沖ノ鳥礁」と呼ぶよう指示していたが、今の行政院は報道発表で単に「沖ノ鳥」とだけ呼んでいるそうだ。
◆一見、日本に歩み寄っているようだが……
こういった流れを見ると、日本にとっても都合の良い方向に事態が進んでいるように思われる。しかし台湾の報道に目を向けると、その印象は変わってくる。日本はむしろ不利益をどう最小限に抑えるかを考える局面にある。
例えば、対話の設置について、台湾の李大維・外交部長(外相)は、「公海」における台湾の漁業者の権利をさらに保護するためだと語っている(フォーカス台湾)。議会の公聴会において、政府は台湾の漁業者の権利を守ることに最善を尽くすと確約している。国内向けの発言なので至極当然だが、台湾が追求しているのはあくまで台湾の国益ということだ。
またチャイナ・ポストによると、この対話では、漁業協力の他に、環境保護、科学的調査、海上緊急救難といった問題も取り扱う、と童報道官は語ったそうだ(産経ニュースによると、「双方が合意した項目」になるとのこと)。漁業がEEZの主権的権利なのはもちろんのこと、環境保護や科学的調査もEEZの管轄権に関連する事項だ。つまり対話では、日本がEEZを保持したまま、その権利の一部を台湾と共有することが議題になる可能性がある。
馬前政権は、沖ノ鳥島の地位をめぐる問題を、国際調停、仲裁に付託することを提案していた(チャイナ・ポスト)。それに対し蔡政権は、「交渉」による解決を望むとし、沖ノ鳥島の地位に関しても受身的な姿勢を取っている。これにはおそらく、国際仲裁裁判所などに提訴することはしない、という言外の意がある。つまりここでも前政権の方針を否定している。だとすれば、これは、台湾が日本の譲歩を引き出すために提示したカードと言えるだろう。
仮に、沖ノ鳥島が岩だと認定されてEEZが認められなくなった場合、台湾もメリットを得るだろうが、最大のメリットを得るのはおそらく中国だろう。そしてそれは台湾のメリットを圧迫するに違いない。それよりは、日本のEEZを認めたまま、個別に漁業提携なりを結ぶほうが、台湾にとって得策だろう。
◆日本はもう台湾漁船を拿捕できない?
さらに、状況は台湾に有利に進んでいることをうかがわせる事態が存在する。台湾の国会公聴会で25日、李外交部長は議員から、新政権の方針に絡んで「(政権交代後の)20日以降、台湾漁船が沖ノ鳥近くの海域で操業した場合、何が起こるのか。日本に再び拿捕(だほ)されるのか」との質問を受けた。
それに対して、李外交部長は「原則として、それらの漁船が日本に拿捕されることはない」と答えたが、その理由は、日本が「この海域で台湾の漁船数隻が操業中である、というのが事実である」と理解しているからだという(フォーカス台湾)。つまり日本は、台湾漁船がEEZ内で違法操業しているのを承知してはいるが、もはや拿捕しようとはしない、そして台湾もそれをわかっている、ということだ。
日本が再び拿捕を行えば、台湾の国民世論が悪化することは必至だ。そうなれば交渉は難しくなる。よって、日本が再び拿捕を行わない方針を取っているとしても、十分理解できることだ。ただしそれは結局、台湾の事情を優先し、台湾のペースで交渉するほかない、ということでもある。
◆「台湾の巡視船が引き揚げる」は誤報だった?
日本では台湾の沿岸警備隊、海岸巡防署(海巡署)の巡視船が、沖ノ鳥島付近から引き揚げると報道されたが、台湾の当局者らはこれを否定している。むしろ、フォーカス台湾は、日本の海上保安庁の巡視船のほうが、24日、沖ノ鳥島周辺200カイリ内の水域(EEZ)から引き揚げを開始していたことがわかった、と伝えている。これは、海巡署の李仲威署長が25日、台湾の立法院(国会)内政委員会での質疑で明らかにしたものだ。
童報道官は24日、台湾漁船を保護する巡視任務は継続中だと語っている。また海巡署によると、2隻の巡視船が現在(25日)、沖ノ鳥島周辺でその任務をしっかり果たしているという(フォーカス台湾)。
また李署長は、巡視船の派遣について、当初5月いっぱいの予定だった任務期間終了後も、引き続き派遣を行い、台湾漁船の保護を続ける方針を表明した。これについてフォーカス台湾は、日本メディアの一部報道を否定していると伝えた。また童報道官も、巡視船の派遣を継続することを明言している。さらに、漁業のニーズ次第では、年に2~3回実施する「公海巡護任務」の対象に沖ノ鳥島近海を組み入れるつもりだとしている。
フォーカス台湾によると、台湾の与野党の国会議員の一部は、新政権は日本に譲歩する方針ではないかと疑念を抱いているようである。日本での報道でそれに拍車がかかったようだ。これらの発言はそれを打ち消すためのものである。発足直後の新政権は、議会の声を無視することはできないだろう。
◆情報が誤って伝わった可能性?
台湾の巡視船が引き揚げる、という情報については、日本はガセネタをつかまされたのだろうか。あるいは情報が誤って伝わったのだろうか。
海巡署によると、同署が派遣している巡視船2隻のうち、1隻が今月中に、補給のため一度台湾に帰投するそうだ。その間、もう1隻は沖ノ鳥島近辺にとどまり続けるが、来月早くに補給を済ませた船と交代するという。
また、日本の海保の巡視船が沖ノ鳥島の周囲200カイリを離れたことに関し、台湾の内政委員会で李署長に対し、どちらの国の船が先に200カイリから離れたのか、という質問があったそうだ(フォーカス台湾)。署長は答えなかったというが、これは、台湾の巡視船が先に200カイリを離れたため、日本の巡視船がそれに追随した、ということだった可能性がある。
こういった事が台湾の巡視船の「引き揚げ」として伝わったのかもしれない。あるいは引き揚げたのは巡視船ではなく、馬前総統がバックアップとして派遣していた海軍艦のことだった可能性もある。