南シナ海:スカボロー礁めぐり米中の緊張高まる…新たな埋め立てを急ぐ中国、対抗する米比

 中国が強引な海洋進出を進める南シナ海で、スプラトリー(南沙)諸島、パラセル(西沙)諸島に続き、スカボロー礁でも中国が埋め立てを行おうとしているとの見方に注目が集まっている。スカボロー礁はフィリピン・ルソン島に近く、かつてはフィリピンが支配していたが、1992年までに米軍がフィリピンから撤退した後、中国が次第に主張を強めた。そして2012年にフィリピンとのにらみ合いの末、中国が実効支配するに至った。現在、フィリピンとの防衛協力を再強化しているアメリカは、スカボロー礁を重要地点とみて、中国の活動を強くけん制する構えを見せている。

◆米比の新たな軍事協力の始まりに、米軍機がスカボロー礁付近を飛行
 アメリカ太平洋軍航空分遣隊は19日、対地攻撃機A-10C・4機と戦闘捜索救難ヘリHH-60G・2機をスカボロー礁近辺で飛行させたと、22日発表した。シンガポールのトゥデイ紙が伝えている。同紙によると、目的は航行の自由をデモンストレーションすることにあった。「航行の自由作戦」の一環とみられる。26日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)の記事によると、米軍はその後も同様の巡視飛行を行い、計3回実施したとのことだ。

 3月には、米海軍制服組トップのジョン・リチャードソン作戦部長が、中国船がスカボロー礁周辺で測量とみられる活動を行っていると明らかにし、さらなる埋め立ての前兆の可能性があるとロイターに語っていた。巡視飛行はそれへの対応と考えられるが、これまで、南シナ海での中国の埋め立て対策では、アメリカは後手に回りがちであったが、今回は先手を取る格好だ。フィリピンとの防衛協力の強化が背景としてあるためだろう。

 フィリピンは「米比防衛協力強化協定」に基づき、今年から、国内5ヶ所の空軍基地内に米軍の(一時的)駐留を受け入れることで先月アメリカと合意した。また両国は合同軍事演習「バリカタン」を今月4日から15日まで実施したが、米軍は今月いっぱいはフィリピン・ルソン島中部のクラーク空軍基地に人員と装備を残すとした。なおクラーク空軍基地は上記5ヶ所には含まれていない。巡視飛行を行ったのは、そのクラーク基地の米軍航空分遣隊だった。

◆中国を焦らせているもの
 中国にとっては、米比の防衛協力の強化と、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所の仲裁判断が近づいていることが強いプレッシャーとなっているようである。香港のサウスチャイナ・モーニング・ポスト紙(SCMP)は25日、「中国人民解放軍海軍に近い筋」が、「中国政府は年内に『黄岩島』(スカボロー礁の中国名)で埋め立ての実施に取りかかる」と語ったと伝えた。

 その人物は、「米政府がこの地域での恒久的な軍駐留を確立して中国政府をけん制しようとしているため、中国はそのようにすることでイニシアチブを取り戻さなくてはならない」と語っている。また、仲裁判断もこの計画を加速させるだろうと語った。SCMPは、判断は中国に不利なものになると広く予想されている、としている。

 上海社会科学院の海洋戦略研究センターの金永明主任は、中国政府は、米比の協力強化と、差し迫っているハーグ仲裁裁判所の判断によって「非常な圧迫」下に置かれている、とSCMPに語った。

◆スカボロー礁の戦略的価値
 アメリカとフィリピンは、中国のこの動きを到底見過ごすわけにはいかない。一つには、スカボロー礁が戦略的要所だからである。

 スカボロー礁の埋め立てが完成し、そこに新たな前哨地が築かれれば、中国政府は南シナ海をまたぐ空軍のカバー範囲を「さらに完全なものにする」可能性がある、とSCMPの先の情報筋は語っている。金主任は、スカボロー礁に滑走路が設置されれば、中国空軍の南シナ海での勢力範囲が少なくとも1000キロは拡大することになり、南シナ海と太平洋の通路であるルソン島沖上空の航空機のカバー範囲の空白を小さくすることになる、と語っている。

 またWSJは、スカボロー礁の人工島に、小規模なものでも前哨地が置かれれば、スプラトリー諸島、パラセル諸島との間で「軍事施設のトライアングル」が完成し、それらに挟まれる海域、空域を中国が支配するのに役立つ可能性がある、と語っている。

 また南シナ海全体にとってだけでなく、アメリカ軍にとっても脅威となりうる。「もし中国がスカボロー礁の埋め立てを完了させれば、レーダーなどの施設を設置して、フィリピン・パンパンガ州のバサ空軍基地に駐留する米軍を24時間体制で監視することができる」とマカオの軍事専門家アントニー・ウォン・ドン氏はSCMPに語っている。

 WSJは、スカボロー礁の前哨地は、アメリカとその同盟国がフィリピン国内の基地から巡視に出るのを中国が監視、妨害したり、フィリピン海から南シナ海に入る海上船舶、潜水艦を追尾する助けとしても用いられる可能性がある、としている。

◆アメリカがスカボロー礁を特別視する理由
 アメリカには、歴史的事情からも、スカボロー礁の防衛を特別視する理由があるようだ。フィリピン大学法学部教授であり、同大学海洋問題海洋法研究所所長のジェイ・バトンバカル氏が、米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)のウェブサイト「アジア海洋問題透明性イニシアチブ」で発表した記事の中で説明している。

 バトンバカル教授によると、南シナ海の領有権問題について、アメリカは総じて中立政策を取ってきたが、スカボロー礁だけは、1990年代に至るまで、スプラトリー諸島やパラセル諸島とは別格の扱いをしていたという。スカボロー礁はアメリカがフィリピンに割譲したという歴史があるためだ。

 フィリピンは1946年の独立時、スカボロー礁の統治を引き継いだ。1963年に同礁の周囲20カイリに海軍作戦海域を確立、フィリピンに駐留する米軍の射撃訓練場などとして利用していたという。

 同教授は、一見して、スカボロー礁は米比軍事同盟にとってレッドライン(妥協できない線)である可能性を示している、と語る。また、かつてアメリカからフィリピンに割譲された領土として、同礁は米比相互防衛条約の対象範囲となるかもしれない、と語っている。

 スカボロー礁は、アメリカとフィリピンの、リニューアルされた同盟関係の本気度を測るものとなりそうだ。

◆中国も本気で埋め立てようとは思っていない?
 スカボロー礁は中国にとっても戦略上の要所だが、WSJは、同礁の埋め立ては挑発的であろうことは中国も承知している、と語る。

「もちろん、スカボロー礁での灯台や海洋監視装置設置所の建設のような措置は除外されないが、かなりの規模の埋め立ては論外だ」と南京大学の安全保障専門家、朱鋒氏はWSJに語っている。

 バトンバカル教授も、中国がスカボロー礁の埋め立てに乗り出せば、関係各国が結束して反対に回ることになり、中国にとって大きな反動を招くことになると示唆している。

 WSJは、中国政府はスカボロー礁に軍の前哨地を設置することを積極的に求めているのではなく、むしろ取引材料として用いようとしているかもしれない、と一部のアナリストらが語ったと伝えている。

Text by 田所秀徳