「ハニートラップに気をつけて」中国の地下鉄、街角に漫画ポスター 習主席の意図とは
中国・北京の役所の公共掲示板や地下鉄駅構内などに、「ハニートラップ」への警戒を呼びかける漫画仕立てのポスターが掲示された。中国は今年から4月15日を「国家安全教育日」と定め、「国家安全」に関する国民の意識を高めるために、さまざまな教育・宣伝活動を行った。ポスターはその一環である。他にも、国営テレビが過去に逮捕されたスパイ犯罪者について詳しく伝えるなど、スパイ行為について国民に警告する動きが見られた。だが、習近平国家主席が国民に教化しようとしている「国家安全」は、このような国際間の安全保障問題だけではなく、国内問題も含み、実に幅広いものだ。習主席が中国の核心的利益としているものを包括するキーワードと言っても良い。
◆中国国内では「ハニートラップ」はまだ有名ではない?
この「ハニートラップ」への用心を訴えるポスターは、「危険な愛情」というタイトルの16コマの漫画の体裁をとっている。このポスターは、中国政府(共産党)当局が、地下鉄駅、街路、居住地区に、国家安全教育日のために掲示したもの、とインターナショナル・ニューヨーク・タイムズ紙は伝えている。
あらすじはこうだ。中国政府の対外宣伝部門に勤務する女性が、中国を研究している学者と称する外国人男性デービッドと食事会で知り合う。デービッドは彼女に積極的にアプローチし、2人は付き合うようになる。デービッドは、論文を書く助けになるからと言って、彼女に内部資料を持ち出すよう要求する。彼女は要求に応じたが、その後デービッドと連絡がつかなくなる。しばらくすると、警察が彼女の元にやってきて、彼女を逮捕し、デービッドがスパイとして逮捕されたことを伝える。
AP通信は、このポスターは、主として地位の高くない公務員を対象として、地方自治体の役所の公共掲示板に登場している、と伝える。
◆過去に有罪判決を受けたスパイ行為について報道
また中国国営のテレビ局、中国中央電視台(CCTV)は、18日と20日の報道特集番組において、スパイ行為で逮捕され有罪判決を受けた2人について、犯行内容や犯行に至った経緯などを詳しく報じた。ロイターは、この種の事件は公にはほとんど言及されないが、国営テレビが異例にも詳細を明らかにした、と語っている。
またロイターは、上記のポスターと併せて、中国はスパイ活動への警告を強化中だ、と語っている。
◆習政権が「国家安全」を強調するようになった経緯
「国家安全教育日」は、昨年7月に制定された「国家安全法」と密接な関係を持つ。人民日報社ニュースサイト人民網日本語版によると、同法の条文で、毎年4月15日が国家安全教育日と定められているとのことだ。今年がその最初の実施だった。
国家安全法は習主席のイニシアチブそのものである。ロイターは、習主席は国内、国外の脅威と闘うことを狙いとして、(国の)安全機構の大々的な刷新を監督していると語る。
まず中国共産党は2013年11月に「中央国家安全委員会」の設立を決定した。同委員会は翌2014年1月に発足、習主席が同委員会の主席に就任した。極めて単純化して言うと、そこには少なくとも2つの狙いがあったとみられる。1つには国内の統制強化、治安強化だ。当時、中国国内では独立を求めるウイグル族によるとみられるテロが頻発していた。たとえば2013年10月には天安門広場に自動車が突っ込み、死者・負傷者の出る事件があったが、当局は後にウイグル族とみられる5人を容疑者として逮捕している。
そしてもう1つは、習主席への権力集中だ。当時のウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は、習主席はこの委員会によって、党の最高意思決定機関である中央政治局常務委員会の他の委員から、以前ほど干渉を受けずに外交と防衛政策を調整できるようになるとみられると語っていた。
◆習政権の言う「国家安全」は、いわゆる安全保障だけではない
習主席は2014年4月15日、中央国家安全委員会の初会合を開いた。人民網によれば、習主席はこの会合で、国家安全の全体的展望を提唱したという。
そして2015年7月1日、国家安全法が可決された。中国国営新華社通信によると、同法には習主席の展望が組み入れられたという。新華社によると、同法は国内外で持ち上がっている脅威に対抗するのに極めて重要なものであり、防衛、金融、科学、技術、文化、宗教を含む幅広い分野をカバーしているという。朝日新聞によれば、同法は中国の安全保障政策の土台となるものだ。
日本国際問題研究所の角崎信也研究員は、2015年11月のコラム「中国『国家安全法』の要点」の中で、同法の言う「国家安全」の対象が多岐にわたることを指摘している。伝統的安全保障の領域のみならず、非伝統的安全保障の領域も広く含まれること、また中国の対外的な安全保障だけでなく、中国国内の安定性維持も含まれることが含意されるとしている。
WSJは、同法は国家安全を幅広く定義し、政府や主権、国家統一、経済、社会、サイバースペースや宇宙関連の国益に対するあらゆる脅威を禁止したものだと伝えていた。
また朝日新聞は、同法の中で「中央国家安全指導機構」が「国家安全にかかわる決定と調整に責任を負い、重大な方針・政策の研究や実施を担う」とされていることに言及。これは、中央国家安全委員会の役割を定めた内容との見方で党や外交関係者は一致する、と語っている。従来の(党中央政治局常務委員会の)「集団指導体制」とは違う、習主席を中心とした強力な意思決定の仕組みが生まれる可能性を秘める、と語っていた。
◆中国の核心的利益の追求のため、海外からの懸念をものともせず
同法がカバーする「国家安全」があまりにも広範囲であるため、習政権が例えば反体制派の弾圧などに恣意(しい)的に使用するのではないかとの懸念が、海外から挙がっている。WSJの昨年7月の記事は、中国政府はここ2年ほど抗議活動や反政府的意見の取り締まりを強化しており、市民社会団体の活動抑圧やソーシャルメディアの監視強化、西側寄りの考えや影響拡大に対する警告の厳格化などを進めている、と指摘していた。
また新華社は、欧米の一部の国が、同法が国家安全の意味を極めて広く定義しているとして、他国、特に中国の周辺国の安全を脅かすだろうとの懸念を表明している、と述べ、それに対する弁護を行っている。しかしそれはむしろ国家安全が中国の国益の核心であることを強調するもので、正面から懸念に答えたものとは言い難い。
習主席は国家安全教育日の前日14日に、国家安全に関する訓示を出していた。その中で、国民が平和に暮らし働くため、また中華民族の偉大な復興という中国の夢にとって、国家安全は最高に重要である、と語っていた(新華社)。