慰安婦問題への海外の視点に変化? 「帝国の慰安婦」裁判、韓国特有の事情に注目
「帝国の慰安婦」の著者、朴裕河(パク・ユハ)世宗大学教授が、同書の内容を巡り名誉毀損に問われ、韓国で20日から刑事裁判が始まった。韓国社会は、神聖な慰安婦のイメージを否定しているとして朴氏の主張に猛反発しており、裁判にも影響しそうだ。一方、慰安婦問題への海外メディアの報道は、これまでの「日韓対立」という視点から、そこから派生した「韓国内の『言論の自由』の危機」へとシフトしつつある。
◆別の慰安婦イメージを提示
ニューヨーク・タイムズ紙は、植民地時代、日本によって無理やり連れ出された罪のない韓国の少女たちが、性奴隷として毎日たくさんの日本兵たちに汚されたことは、韓国では公認の歴史であると述べ、日本への憎しみと同様に韓国に定着しているこの常識に朴氏が意義を唱えたと説明する。朴氏は日韓の文献を念入りに調べ、生存する慰安婦への聞き取りも行った結果、そのような好ましくない部分を削除した一様な慰安婦のイメージは、彼女らが誰なのかを十分に説明するものではなく、慰安婦論争を激しくさせるだけだと気づいたという(NYT)。
慰安婦の人生について、より包括的な見方を示そうと、朴氏は2013年に「帝国の慰安婦」を出版。日韓の悪徳業者が女性たちを騙して慰安所に連れてきたこと、「奴隷のような環境」にはあったものの、日本国民として扱われた植民地の女性たちは奉仕することを求められたこと、次第に「同志のような関係」となり、日本兵と恋に落ちる者もいたことなど、別の側面から慰安婦問題を考察したが、「日本の戦争犯罪の弁解者」、「日本びいきの裏切り者」など、韓国世論の激しい反発が朴氏へ向けられたことをNYTは報じている。
韓国の裁判所も昨年2月、虚偽の事実で元慰安婦の名誉を棄損したとし、「帝国の慰安婦」の中の34ヶ所の記載を改定するよう、朴氏に厳しい判決を下した。現在進行中の刑事裁判に先立って行われた民事裁判では、原告である9人の元慰安婦の名誉を棄損したとし、一人当たり1000万ウォン(約98万円)の賠償も命じられている。
◆韓国ならではの事情
日韓両国は、昨年12月に「最終的かつ不可逆的に」慰安婦問題を解決することに合意したが、植民地時代の苦しみの象徴である慰安婦の物語に少しでも意義を唱えれば、論争を避けられないとロサンゼルス・タイムズ紙(LAT)は指摘する。テンプル大学日本キャンパスのアジア研究者、ジェフ・キングストン氏も、「犠牲という根本の物語に一致しない客観的分析を出版することは、学者にとっては困難」と同紙に述べている。
ソウルのジャーナリスト、リー・テフン氏は、朴氏が罰せられる理由は、「罪を犯した者には日本人、韓国人に関係なく責任があるという、今まで議論されなかった不都合な真実を説明した」ためと断じる(フォーブス誌)。朴氏自身も、戦後、元慰安婦は「自分を売った実の親や斡旋業者」という憎しみのような記憶を消してしまったと指摘する。その代わりに「犠牲となった国家のシンボル」となることを求められたと述べ、「女性たちが自ら志願したのか売春だったのかにかかわらず、社会が彼女らに清く罪のない少女であることを必要とした」と述べ(NYT)、慰安婦に対する韓国の国民感情が、問題を複雑化させていることを示唆した。
◆問題は、言論の自由に波及
朴氏の起訴で、海外メディアの関心は「日韓対立としての慰安婦問題」から、言論の自由の低下につながる「韓国の国内問題としての慰安婦問題」に移ってきているように見える。
朴氏の学問の自由の求めに対し、民事裁判では、存命中の元慰安婦の尊厳が優先された、とフォーブス誌に記事を寄せたジャーナリストのアンドリュー・サーモン氏は述べる。朴氏が刑事裁判で有罪となれば、言論の自由、開かれた議論、多様な発言に対する慣例となるのではと恐れる人もいると指摘する。
ハフィントンポストに寄稿したジャーナリストのプリータム・カウシック氏は、産経新聞の加藤前ソウル支局長が朴大統領の名誉毀損で起訴された事件や歴史の国定教科書を作るという政府の計画に言及し、韓国の言論や報道の自由の危機を懸念。朴氏の起訴も、その懸念を再燃させたと述べる。
韓国紙ハンギョレによれば、朴氏は刑事裁判で国民参加裁判(裁判員裁判)を申請し、「帝国の慰安婦」のファイルを無料で配布すると発表した。これまでの裁判を経て、「この本が広く読まれること自体が、意味あることかもしれないと思うようになった」という。朴氏の希望が受け入れられるかは未定だが、慰安婦を巡る韓国の国民感情に、ささやかでも変化が現れることを期待したい。