初の中台首脳会談がこのタイミングで行われた意味 次期総統にかけられたプレッシャーとは
中国の習近平国家主席と台湾の馬英九総統は7日、シンガポールで中台間初の首脳会談を行った。会談の実施は間近になって発表された。台湾では来年1月に総統選が控えているが、与党候補が敗退し、総統の座は野党に渡ることが濃厚視されている。そのことが会談の実現に力を貸したようだ。このタイミングでの首脳会談の開催は何を狙いとしたものだったのか。また、今後の中台関係にどのような影響をもたらすのか。
◆両首脳は会談で「一つの中国」を確認
台湾の来年の総統選に関する最新の世論調査(9日公表)によると、与党・国民党の候補者への支持率は21.4%、最大野党・民主進歩党(民進党)の候補者である蔡英文主席への支持率が48.6%と、倍以上の開きがあった。この傾向は、首脳会談が行われる前の10月半ばの調査でもほぼ同様だった。9日のロイターが伝えた。
現職の馬英九総統は、2008年より来年5月まで、2期8年間にわたって総裁を務めている。この間、馬総統は対中融和路線を推し進めた。今回の会談で馬総統は「両岸(中台)関係は1949年(の分断)以来、最も平和で安定した段階にある」と述べた。しかし、経済面での中台一体化を推進したことなどが国民の強い反発を招き、馬氏、および国民党への支持率は落ち込んでいる。
野党の民進党は中国からの独立志向が強い。首脳会談で習主席と馬総統は「一つの中国」の原則を確認した。これは1992年に中台が交わしたとされる合意(「92年合意」)にあるもので、中国本土と台湾が「一つの中国」に属することを認めたものだ。国民党は「一つの中国」が中華民国という解釈も可能だとの立場を取っている。しかし民進党はこの合意の存在自体を認めておらず、台湾と中国は別々の国であるとの立場だ。
◆親中路線の国民党候補が選挙で負けることは織り込み済み?
中国にとっては、台湾はあくまで自国の一部、というのが公式の立場だ。しかし今回の会談では、双方が対等な立場に見えるよう、あらゆる注意が払われた。フィナンシャル・タイムズ紙(FT)によると、中国指導部の見解に詳しいある人物はこれを、中国側が「外交儀礼において大きく譲歩した」と捉えた。そうまでして中国が首脳会談の開催に合意したのは、民進党の蔡主席が台湾の次期総統になることを中国政府は観念しており、蔡氏に本土中国との対話を継続するよう、圧力をかけたかったからだとその人物は語っている。つまり、国民党の敗退は織り込み済みで馬総統と会談したことになる。
エコノミスト誌は、この会談では何よりも、習主席が台湾の次期総統(ほぼ確実に蔡主席)に対し、改善しつつある中台の友好関係を引き裂く恐れのある行動を取らないよう、暗に警告する機会が与えられた、と語る。会談で「一つの中国」が強調されたのは、民進党、蔡主席にくぎを刺すためだったという見方だ。会談後の中国側の記者発表で、中国の台湾事務弁公室の張志軍主任は、中国が将来を懸念していることを認め、台湾独立の話題は、両者の思いやりのある関係にとって最大の脅威だと強調したという。
民進党、蔡主席は、馬総統が習主席とともに「一つの中国」を強調し、自分たちに押しつけようとしたことに憤っているようだ。蔡主席は「国際舞台で政治的前提条件を課すことによって両岸(中台)関係の将来を台湾国民が選択する自由を制限しようとする企てが、会談の唯一の結果だったことは遺憾だ」とコメントを発表した(FT)。
馬総統の反対派の国民も憤っていた。エコノミスト誌は、それらの反対派は馬総統を、次の政権の活動を縛ろうとしているレームダックの総統だとみなしている、と語る。そしてさまざまな抗議活動が行われたことを伝えた。
◆台湾では中国との統一は望まれていない
中国、習主席にとって、台湾の統合は悲願であるとされる。一方、多くの台湾人は、中国との統一を支持していない。さらにいえば、統一でも独立でもなく、現状維持を望む声が台湾では過半数だ。産経ニュースによると、今年6月の世論調査では「現状維持」が59.5%、「統一」支持が9.1%だったという。
それだけに中国への急接近は世論の反発を招く恐れがある。エコノミスト誌は、台湾にとって中台がこれ以上親密になるのは脅威だと非常に多くの有権者が確信しており、習主席の(台湾独立についての)それとない脅しは彼らの確信を強めただけかもしれない、と指摘している。
今回の首脳会談では、台湾人にとって幸いというべきか、統一に向けた動きの進展は全くなかった。ブルームバーグは、「中国政府にとって、台湾統合の『取り決めをまとめる』には機が熟していない」とのコロンビア大学のアンドリュー・ネイサン教授(政治学)のコメントを伝えた。「よって、中国は待ち、危機を引き起こすことを控え、台湾の有権者の間で中国のイメージがよくなることを期待しなければならない」と同教授は語っている。
◆次期総統の最有力候補の対中姿勢にアメリカは懸念
またブルームバーグは、FTやエコノミスト誌とは違った意味で、会談は蔡主席に圧力をかけるものだった点を指摘している。蔡主席には、「一つの中国」の原則を受け入れるかどうか、選挙戦で言明する圧力が高まった、と伝える。どちらにせよ、政治的インパクトを持つ発言になることは必至だ。
FTによると、アメリカ政府は蔡主席の対中姿勢に警戒を抱いているようだ。「アメリカは、蔡氏が中国と平穏な関係を維持できるか、非常に心配している」と台湾の国立政治大学の寇健文教授(中国政治学)はFTに語っている。また、2012年の前回の台湾総統選の前には、蔡氏が中台関係に関して強硬な姿勢であるため、蔡氏が当選したあかつきには中国との緊張が高まるかもしれない、とオバマ政権が警告していたとFTは伝える。しかし、蔡氏は最近の訪米で、アメリカの懸念をなだめようと努めたとの識者のコメントもFTは伝えた。
台湾の有権者は、蔡氏が新総統に就任した場合にも、習主席との首脳会談を行うことに賛成だとブルームバーグは伝える。台湾紙・聯合報が8日に行った世論調査によると67%が賛成だったとのことだ。