「新スエズ運河」開通、エジプトの民主化を遠ざける? 欧米メディア懸念

 エジプト政府による、「新スエズ運河」の工事が終了し、8月6日にお披露目の式典が開催される運びとなった。「アラブの春」以来、治安の悪化、経済低迷が続いているだけに、政府の運河にかける期待は大きい。一方、欧米メディアは、運河拡張で軍の影響力が強まり、民主化が遠ざかることを懸念している。

◆経済回復への期待高まる
 スエズ運河は1869年に完成。地中海と紅海を結んでおり、アフリカ大陸を回ることなくヨーロッパとアジアを結ぶことができる、世界で最も重要な商業航路のひとつだ。1970年代には、日本の五洋建設が改修工事に参加するなど、日本企業ともなじみの深い場所だ。

 運河はエジプトの重要な収入源となってきたが、航路が1レーンしかないため、逆方向から来る船とのすれ違いに時間がかかるなどの問題点があった。アル・アラビアによれば、「新スエズ運河」は、新たに掘った35kmと、既存のレーンを掘り下げ幅を広げた37kmの計72kmから成り、利用が開始されれば、双方向からの交通が円滑になり、より大型の船も航行できるようになるという。

 エジプト政府は、新運河建設を「国家プロジェクト」として位置づけ、90億ドル(約1.1兆円)の費用は、国内からの投資や、国民からの寄付で調達したという(アル・アラビア)。ロイターによれば、エジプトがスエズ運河から得る収入は、年間50億ドル(約6000億円)。新運河の完成で、2023年までには、その額は3倍になると見込まれており、景気回復や失業率の改善に期待がかかる。

◆イメージアップに利用
 新運河の工期は当初3年と見られていたが、1年で完成した。米タイム誌によれば、「アラブの春」で起きた民主化運動で当時のムバラク大統領が失脚して以来、不安定な状態が続いていたエジプトとしては、あっという間に大規模公共事業を完成させたことで国のイメージアップを図りたいと考えているようだ。

 イスラム主義者であった当時のモルシ首相を追放した2013年7月以来、エジプトでは、シナイ半島に拠点を置く過激派との争いが続いている。最近では元検事総長が暗殺され、軍事拠点が攻撃を受けた(タイム誌)。7月にはエジプト海軍の巡視船が、ISIS傘下のグループによってロケット弾攻撃を受ける事態も発生している(ロイター)。

 ニューヨークのセンチュリー財団のシニアフェロー、マイケル・ハンナ氏も、「ジハーディストという敵」を寄せ付けず、事業を完成させることができる、安定したエジプトのイメージを作ることに、政府は新運河を利用するつもりだと指摘。事実、新運河建設の関係者によって運河の土手に設置された看板には「ようこそ安全なエジプトへ、そして安心できる運河へ」と書かれているらしい(タイム誌)。

◆軍の支配が強まる懸念
 ロイター、タイム誌、英ガーディアン紙は、今回の工事は、エジプト軍に率いられて行われたと指摘する。ガーディアン紙は、エジプトのシシ大統領は、「アラブの春」で起きた民主化運動後に選出されたモルシ前大統領の政権を倒すうえで、中心的役割を果たした元軍人だとし、今後、軍の経済支配が強まるのではないかと述べる。

 エジプトでは、軍と関連がある企業が経済のかなりの部分を占めているとガーディアン紙は指摘。専門家によれば、軍が非課税の投資、土地差押えの権利、為替レート優遇などの経済的特権を享受しているとされ、軍の監督のもとに新運河が建設されたことで、軍の主導権がより強固になるのではと同紙は懸念する。

 エクセター大学の講師、オマール・アショール氏は、「軍は、現在のエジプトで最も政治的経済的に優勢なプレーヤーだ」と指摘。軍が運河の収入を再分配する方法を見つければ、経済の実権まで握ってしまうと警告している(ガーディアン紙)。

 長期独裁を倒し、民主主義を求めたエジプト。はたして軍による独裁の道に引き返してしまうのか。今後の動きに注目したい。

Text by 山川 真智子