TPA関連法案否決、背景に強力な反対派のロビー活動 賛成派の民主党議員に圧力
米国議会下院で12日、環太平洋経済連携協定(TPP)の成立に欠かせないとみられている大統領貿易促進権限(TPA)とその関連法案の採決が行われた。結果、TPA法案は僅差で可決されたが、関連法案のほうは大差で否決された。両案とも成立することが必要条件だったため、TPAの成立は持ち越しとなった。関連法案の再採決は、早ければ16日にも行われる見通しだが(再採決の期限は7月30日)、米国内での反対の声は、日本国内の報道を通してうかがえる以上に根強いものがあるようだ。
◆TPA法案単体は可決されたものの……
否決された関連法案は、貿易調整援助(TAA)法案と呼ばれ、自由貿易の影響で失業した人たちの支援を定めるもの。5月に上院でTPA法案が可決された際には、その法案の中にTAAの内容も含まれていたが、下院では2つの法案に分けて審議されていた。
下院でのTPA法案の採決は、賛成219、反対211と僅差での可決となった。TAA法案のほうは、賛成126、反対302と大差で否決された。TAAについて、多くの共和党議員が、失業者に対してあまりにも気前が良いと見なす一方、多くの民主党議員は、あまりにもけちだと見なしている、と英ガーディアン紙は解説する。しかし、否決の根本的な理由は、TAA法案の内容以上に、TPPそのものへの反対、不信感が、民主党議員を中心とする下院議員、引いては米国内で根強いことにあるようだ。
◆下院の民主党議員からの反対が根強い
一部の海外メディアは、米国内でTPP反対の声が強いことを中心的に報じている。
インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ(INYT)紙は、歴史に名を残すことになる実績(レガシー)作りを図るオバマ大統領にとって、TPPの成立は特別な意義があると語る。一方、さまざまな反対派の主張と、TPPを成立させられなかった場合の影響を危ぶむ意見を多数紹介しており、明言こそしていないものの、TPPの先行きについて、非常に不透明な印象を抱かせる。
12日の採決については、大統領自身も属する民主党の議員が、TPPはアメリカに益するよりもむしろ害するものだとの理由で、TPP成立のために極めて重要な法案をはねつけた、と同紙は語る。そして、オバマ大統領にとって最大の難題は、海外ではなく国内にある、と語る。
ヘリテージ財団のアジア研究プログラムのディレクター、ウォルター・ローマン氏は、オバマ大統領にとっての難題は、TPPが自身の外交政策にとってどれほど重要であろうと、議会は経済的なレンズを通してこれを考慮するということだ、と語っている。同氏は「地政学では、賛成票はほとんど獲得できない」と要約している。
INYT紙は、推進派の主張と、反対派の主張を端的にまとめている。オバマ大統領、上下両院の共和党議員、実業団体といった推進派は、TPPのおかげで、海外市場がアメリカ製品に開放され、また、アジアの競合国に対しては、労働基準、環境基準の改善を強いることで、競争条件が公平になると主張している。しかし下院の民主党議員、労働組合、環境保護団体といった反対派は、TPPは大企業に益するものであり、アメリカ国内の製造業の雇用をより一層損なうものであり、他国の労働基準の改善もうまく行かないだろうと主張しているという。
◆労働組合など多種多様な団体からの反対が根強い
ガーディアン紙は、TPA法案の反対運動が、米国内で労働組合を中心に、さまざまな団体の連合によって行われたことを伝えている。環境保護団体、宗教団体、食の安全を求める団体、人権団体など、団体の種類は多岐にわたっている。民主党の支持基盤のうち2000団体が反対にまわったそうだ。
中でも同紙は労働組合の活動に焦点を当てて報じている。TPA関連法案の不成立について、労働組合の勝利であり、ここ数年間で最大の勝利の一つであると語っている。また、アメリカ最大の労働組合連合であるアメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)のリチャード・トラムカ会長の歓喜の声を伝えている。何百万人ものアメリカ人が、TPAとTPPに反対して、メールを送り、議員と面会し、デモ行進したが、同会長はそのことを踏まえ「これぞまさに行動する民主主義だった」と語ったという。
同紙によると、労働組合は、TPPのせいで失業がもたらされ、賃金が減らされる上、アジアの労働者保護の強化にはほとんど役立たないと危ぶんでいるのだという。そこで労働組合は、TPA賛成の民主党議員に対し、献金と選挙運動支援を拒否するとの脅しで圧力をかけた。このため多くの議員が反対にまわった、と同紙は説明している。
◆オバマ大統領の長年の盟友も反対を表明。流れを決定づけた
TPAに反対する議員の声の代表例は、元下院議長であり院内総務の民主党のナンシー・ペロシ氏の採決前の発言である。ガーディアン紙が伝えている。「私たちはこの促進(TPA)法案を減速させる必要がある」「TPPが他国との関係でどのようなものであるとしても、私たちはアメリカの労働者にとってより良い協定を求める」というものだ。
ペロシ氏はオバマ大統領の長年の盟友であるという。採決前には、接戦になるかと見えたが、この発言によって結果は明らかとなった、と同紙は語っている。
法案の今後について、ガーディアン紙は、記事の最後で「今のところ、今後何が起こるかは、泥のように不透明だ」との反対派のコメントを紹介して、やはり先行きは不透明だとの印象を残している。
◆TPP交渉の「秘密主義」にも批判集まる
ペロシ氏はまた、TPPには透明性が欠けているという点と、環境保護にほとんど役立たないという点を批判したという(ガーディアン紙)。
CNNは、TPPを取り巻く秘密主義に対し、批判の声が大きいことを主題として報じた。AFL-CIO幹部のシーア・リー氏は、クリントン政権、ブッシュ政権以上に、オバマ政権は秘密主義だ、と語っている。
交渉の内容が明らかになると、交渉に支障が生じるため、各国とも交渉前に守秘協定を結ぶという。
議会が設立した諮問委員会のメンバーであれば、要約を通じて交渉内容に触れられる。しかし、その委員にも守秘義務が課されているという。このため一般市民には、内容を正確に知るすべがない。オバマ大統領は、締結後には誰でも内容を検討できるようになる、とインタビューで語ったという。
交渉の目標について、米通商代表部がブログで公表するなど、一定の取り組みはなされていることをCNNは伝える。しかし、米国民の間で、TPPに対する不信感がぬぐい難くあるとすれば、こういった点にも理由があるだろう。