中国の情報統制が進化?長江転覆事故で「隠蔽型」から「情報選択型」へ 米紙指摘
中国・湖北省の長江で乗客456人を乗せた客船が転覆した事故で、これまでの中国での事故同様、当局の厳しい情報統制が敷かれていると国内外のメディアが報じている。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)も複数の記事でこの点に触れているが、同紙はその情報統制の質が変わっていると指摘する。従来のひたすら情報を隠蔽するやり方から、情報を選んで流すインターネット時代に対応した形に「進化」しているという。
◆「否定と抑圧」から「綿密に計算された」情報統制へ
事故は竜巻を伴う強風に見舞われた1日夜に発生した。上海からの高齢者の団体ツアー客ら456人を乗せた客船『東方之星』が濁流で転覆し、国営メディアによると、5日午前までに14人の生存と82人の死亡が確認されている。絶望的な状況の中、残る360人以上の行方不明者の捜索が続いている。
この事故は、中国で起きた事故では、この50年間で最悪の大惨事だとされている。中国共産党政府はこれまで、事故や災害の際に厳しい情報統制を敷いてきた。今回も例外ではないが、WSJは、その手法が「否定と抑圧を特徴としたアプローチから綿密に計算されたアプローチへと進化した」と記す。
同紙は、過去10年間に起きた鉱山事故や2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染拡大の際には、政府は数ヶ月間、メディアに報道自体をさせなかったと指摘する。それが今回は、国営メディアが数時間後に事故の発生を報じ、犠牲者の数に関する情報も定期的に更新して伝えている。ただし、情報を管理する宣伝工作局は、各国内メディアに、中国中央テレビ(CCTV)と国営新華社通信の報道のみを伝えるよう命じているという。WSJはその一例として、「3日付の中国紙のほぼ全ては、救助隊員が1人の生存者を水から引き揚げている場面を映した同一の写真を一面に掲載した」と記している。
◆インターネット時代に隠し通すのは不可能
WSJは、中国政府の情報統制が、情報を流さないものから、慎重に選別した情報を開示する形に変わった一因に、「インターネット時代に悲劇のニュース報道を抑圧することは、賢明でも可能でもないとの認識が広まった点」があるとしている。北京外国語大学の展江教授(メディア論)は、同紙に「中国は12年前のSARSの対応時に高い代償を払った。現在は一般市民に知らせないことは不可能だというのが標準になっている」と答えている。また、WSJは6月4日が1989年の天安門事件の記念日だということで、当局はこの時期の情報管理により慎重になっていると見ている。
展江教授は、今回の事故報道では「親族や生存者が大げさに共産党への感謝の意を表すという紋切り型の場面がかなり減っている」点にも注目する。市民がそうした表現に辟易し、共産党指導者たちだけに焦点を当てた従来型の報道に不満を持っている事を、政府側も認識しているからだという。ただし、別の専門家は、国営メディアは相変わらず「李克強首相がすぐさま転覆事故現場に駆けつけたこと」や、「救助活動を支援するため三峡ダムの水位を下げるよう政府が命じたこと」を大々的に報じているとも指摘している。
一方、当事者の乗客の親族らの間では、情報不足に対する不満が高まっているようだ。別のWSJの記事によれば、事故後、大半の乗客が参加していたパッケージツアーを企画した上海の旅行会社に大勢の親族らが押し寄せたが、全く情報を得られずに怒りを爆発させているという。親族たちは、当局や旅行会社から事故発生の連絡すら全くなく「報道で初めて知った」と訴えている。また、事故現場近くの救援活動拠点では、親族のグループが口論の末、武装警察の検問を突破した様子も伝えられている。その中の一人が、現場に近づくことを阻む武装警官隊に対し、「それが一般市民に対する態度か?このような状況で政府は何をやっているんだ!」と怒りをぶつけ、警察側は最終的に5人の市民を通したという。
◆韓国紙は『セウォル号』の事故との類似点を指摘
WSJは、事故を起こした『東方之星』が、2年前に安全基準に違反しているとして管轄の南京海事局に差し押さえられていた事実も伝えている。政府当局や運行会社はこの件について詳細を公表していない。しかし、当時の南京海事局の書類には、差し押さえた6隻の中に『東方之星』の名があり、同局はそれが今回転覆したのと同一の船だということは認めている。WSJによれば、2013年の海洋安全キャンペーンの一環として査察が行われ、『東方之星』に安全管理上の問題や、緊急対応マニュアル、装備の不備など79の欠陥が見つかったという。しかし、その後の対応については明らかにされていない。
このように以前から欠陥が指摘されていた事を含め、韓国の朝鮮日報は、今回の事故には昨年4月に韓国で起きたフェリー転覆事故との類似点が多いと指摘する。同紙は、中国のニュースサイトや香港紙の報道を引用し、『東方之星』には、韓国の『セウォル号』と同様、定員を増やすために無理な改造が施されていたとしている。そして、両船は、それによっていわゆる「トップヘビー」な構造となり、風などの影響を受けやすくなっていたと記す。また、無理な運行や操船ミスがネット上で指摘されたり、船長が乗客を見捨てて生き延びたと非難を浴びている事も、「セウォル号と似た光景だ」としている。
生存者の一人に数えられている『東方之星』の船長は現在、警察に拘束されている。しかし、供述内容などの関連情報は当局によって完全にシャットアウトされている。その中で、WSJは長年の同僚だという姉妹船の船長のコメントを取り上げている。そのファン・ランヤン氏によれば、『東方之星』のチャン・シュンウェン船長は入社30年の「長江のベテラン」で、1991年から船長を務めているという。ファン氏はチャン船長の人柄を「寡黙だが、温かくて頼りになる男」と表現。ネット上の非難の声に対し、「彼に何ができたと言うのか?あれほどの強い風が襲う中で、考える時間などなかった」と反論している。ファン氏によれば、その夜は30年間で経験したことのない強い風が吹いていたという。