米TPA法案、上院通過も厳しい? 民主党反対派、共和党離間に暗躍 混沌とするTPPのゆくえ

 日本などとの環太平洋経済連携協定(TPP)締結の是非を巡り、米議会が正念場を迎えている。“第一関門”の上院で、協定締結の権限を推進派のオバマ大統領に一任する「大統領貿易促進権限(TPA)」法案の審議入りを前に、賛成派の共和党と反対派の民主党のつばぜり合いが激しさを増しているようだ。TPAが上下両院で通過すれば妥結に一気に進むが、ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)などの報道によれば、反対派の盛り返しも見られる。

 オバマ大統領も、政界・経済界の支持を取り付けるべく、精力的に動いている。8日にはスポーツ用品メーカー『ナイキ』の本社(オレゴン州)を訪れ、TPPへの支持を求めた。ナイキ側もこれに応え、「TPA法案が可決されれば米国内での製造を拡大する」と、雇用創出プランを発表している。両者の動きには、雇用の海外流出を心配するTPP反対派の声を抑える狙いがあると見られる。

◆共和党賛成派の離反を狙い、民主党トップが暗躍
 WSJによれば、マコネル共和党上院院内総務(上院の共和党トップ)は、12日にTPA法案審議開始動議の採決を行う方針だ。その後今月25日の戦没者追悼記念日までに上院でTPA法案を通過させ、下院にバトンを渡すスケジュールを想定している。しかし、民主党トップのリード上院院内総務は、この目標設定に反対を表明した。WSJは、「TPA法案についてはこれまで、上院はスムーズに通過し、主戦場は下院になると見られていたが、早期承認が危ぶまれる事態となっている」と見ている。

 リード氏の戦略は、TPA法案と、共和党内で賛否両論ある為替関連法案、労働者支援関連法案など4法案を合体させることで、共和党内のTPA法案賛成派の離反を狙ったものだという。WSJはこの戦略は「ある程度功を奏している」とし、一部の共和党有力議員も4法案の一本化を支持しているようだ。

 上院の共和党議席数は54で、TPA法案の審議入り動議の可決には60の賛成票が必要だ。WSJは、共和党内から離反者が出れば「民主党から7人以上の賛成者が出てこなければならない」と、審議の入り口でつまづく可能性もあると指摘。「難しい立場に立たされている」マコネル氏は、「党への忠誠度」を盾に、党内の説得に動いているようだ。

◆オバマ大統領「今米国がルールを作らなければ中国に書き換えられる」
 TPP反対派の主な懸念は、グローバリゼーションが進む事により米国企業が海外生産にシフトし、米国内の雇用が失われることだ。オバマ大統領はこれに先手を打つ形で、米国のグローバル企業を代表するナイキの本社を訪問し、支援を要請した。英フィナンシャル・タイムズ紙(FT)によれば、オバマ大統領は次のように中国の脅威を煽り、TPP締結の必要性を訴えたという。

「アメリカが世界経済のルールを書く事を確実にしなければならない。我が国の経済が国際的な力を得ている今こそが、それをすべき時だ。もし、我々が世界を取り巻く貿易のルールを作らなければ何が起きるか?中国が(ルールを)書く。彼らは、中国の労働者とビジネス界が優位に立つように書き換えるだろう」

 ナイキは、オバマ大統領訪問に先立ち、TPA法案が通過すれば「アドバンスド・フットウェア」の米国内生産を拡大する計画を加速すると発表した。同社はこれにより、10年で1万、関連業界を含めればさらに4万の雇用が創出されるとしている。「我が社は世界中で関税を払っているグローバル企業だ。(TPPにより)関税が下がれば、投資と改革の資金が増える。投資と改革を行えば、雇用が作り出される」と同社の広報は述べている(FT)。

◆消費者団体は「1歩進んで1万歩下がる」とナイキの支援計画を批判
 アメリカでは、ケネディ大統領が1962年に関税引き下げ交渉(ケネディ・ラウンド)を提唱して以來、自由貿易交渉と国内雇用支援が常にセットで語られてきた。クリントン大統領は1993年に、ジョージ・W・ブッシュ大統領は2002年に「貿易調整支援(TAA)」の拡充を行った。これらは、輸入品との競争や海外への生産移管のために雇用を失ったと判断された労働者に対し、転職支援金と失業手当を2年間与えるというものだ(WSJ)。

 WSJによれば、議会は今年9月末に失効する同プログラムを2021年まで延長する準備を進めている。しかし、予算は年間4億ドル強(約480億円)にものぼるといい、2012年の調査報告書によれば、TAAによる手当を受けた労働者の所得は、手当を受けていない失業者の失業4年後の所得を平均で約3300ドル下回っていたという。そのため、共和党保守派を中心に、その「費用対効果」を疑問視し、延長に反対意見も出ている。民主党のリード氏はこれを利用し、“抱き合わせ作戦”の4法案の一つにこのTAA延長法案を入れたというわけだ。

 ナイキの国内生産拡大計画をはじめとする経済界の支援についても、効果を疑う意見が多いようだ。有力な消費者団体『パブリック・シチズン』は、ナイキの発表を受け、次のような批判的なコメントを出している。「ナイキが創出すると主張する米国の雇用は、TPPが施行された場合に失われる全米の雇用に対し、バケツの一滴でしかない。あたかも1歩進んで1万歩下がろうと言っているようなものだ」(FT)。

Text by NewSphere 編集部