ロシア野党指導者暗殺、プーチン陰謀論は「実利なし」と識者否定 真相解明には諦めも
ロシアの野党指導者、ボリス・ネムツォフ氏が2月27日にモスクワ中心部で射殺された事件を受け、海外メディアには識者の分析や論評、追悼文が掲載されている。
ネムツォフ氏と共に政治活動をしたこともある元チェスの世界チャンピオン、ガルリ・ガスパロフ氏は、プーチン大統領の直接的な関与も疑いつつ、現ロシア政府を痛烈に批判する追悼文をウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)に寄稿している。その一方で、逆にプーチン政権は暗殺に無関係だと見ていたり、ロシア・ウクライナ情勢を俯瞰して「すぐには何も変わらない」と冷めた見方をしているコラムも見られる。
◆元チェス王者がプーチン大統領を痛烈批判
ガスパロフ氏は、15年間世界チャンピオンのタイトルを守り続けたアゼルバイジャン出身の元チェス選手。現在は、米ニューヨークの人権団体代表を務めながらロシアの民主化運動に関わっている。WSJに寄せた追悼文によれば、暗殺されたネムツォフ氏とは、2004年から2007年にかけて民主化運動で共闘した。その後、「2012年にプーチンが大統領に復帰してからは、私とボリス(ネムツォフ)は対立するようになった。私はプーチンの復帰により平和的な政権交代の道は閉ざされたと絶望したが、彼は楽観的であり続けた」という。
ガスパロフ氏は、WSJのコラムで、そうした関係を悔やむようにネムツォフ氏の死を悼んでいる。そして、批判の矛先をプーチン大統領に向ける。「プーチンは、ボリスの体が温かいうちに事件を何者かによる“挑発”だと決めつけて捜査を始め、終わらせた」。さらに、「彼(プーチン)は、ボリス(ネムツォフ)の母に厚かましくも弔辞を送った。彼女はしばしば、息子に対し、(野党指導者としての)行動がプーチンのロシアでは死を招くと警告していた」と記している。
同氏は、2006年に反プーチン派のジャーナリスト2人が相次いで謎の死(毒殺・射殺)を遂げた件や、昨年夏の東ウクライナ上空でのマレーシア航空撃墜事件を取り上げ、「プーチン大統領が権力の座についている限り、次にどのような恐怖が訪れるか分からない。それが今後も繰り返される事だけは確かだ」と記す。そして、西側諸国のリーダーたちに対し、事件後の大規模な追悼集会への支持を表明しなければならないと主張。さらに、プーチン大統領のロシアを「犯罪的なごろつき集団」として扱い、「ウクライナに武器を売り、プーチンの侵略行為に対して厳しい代償を与えるべきだ」などと痛烈にプーチン政権を非難している。
◆「一匹狼」の犯行?
一方、ロシア情勢を専門とするニューヨーク大学国際センターのマーク・ガレオッティ教授は、プーチン大統領の直接的な関与には否定的な見方をしている。同氏はその理由を「プーチンが平和主義者だからではなく、実利がないからだ」と、英ガーディアン紙に寄せたコラムで記している、
現地メディアなどでは事件後、旧ソ連・スターリン時代の大粛清の契機になった「キーロフ暗殺事件」が盛んに引き合いに出されているという。しかし、同氏はその関連性に否定的だ。「今のプーチンは何をするにしても、そうした口実は必要としていない。ネムツォフ自身も、明らかに彼の脅威ではなかった」と記す。そして、中立的な意見が許されない現在のロシア社会の雰囲気が、事件の背景にあると見ている。
ガレオッティ氏は、「ネムツォフは政府のエージェントや対立勢力にではなく、殺人衝動の強い一匹狼に殺された」という仮説を立てている。クレムリンが作り上げた「毒を含んだ政治的な温度」が、ネムツォフ氏をはじめとするリベラル派と言われる人々が「西側の手先」であり、ロシアの利益や文化を損なっていると考える人々を増やしたと同氏は見る。そして、その中の何者かによる単独事件だという見方をしているようだ。
◆それでもロシアは変わらない
ロシア系の米劇作家・ジャーナリストのナタリア・アントノーヴァ氏は、現地紙『モスクワ・タイムズ』で、事件後もロシア政治やウクライナ情勢は「何も変わらない」と述べている。同氏は、マレーシア航空機撃墜事件を引き合いに出し、それでも何も変わらなかったばかりか、紛争は激化し、両陣営の憎しみは増すばかりだと嘆く。同氏は、今回の事件も同様に、うやむやに処理されると考えているようだ。
アントノーヴァ氏は、「モスクワにはもはや安全な場所はない」と、暗殺事件がクレムリンのすぐ隣の「厳重に警備されたエリア」で起こった事にも注目する。そして、そうした場所で暴力行為を許す「闇の勢力」があるという恐怖が、市民に植えつけられたと指摘。「笑われるかもしれないが、それ(“闇の勢力”)はクレムリンそのものかもしれない」と記している。
一方で、「ネムツォフの死によって、反リベラルのプロパガンダにブレーキがかかかるだろうか?そうはならないだろう」とも記す。マレーシア航空機撃墜事件や今回の事件が、「ウクライナの不安定化がロシアの人々にも暴力的に影響する」ということの象徴として、振り返られる日もいずれ訪れるかもしれない、としている。しかし、「今は何かが変わることを期待してはいけない」と述べ、ネムツォフ氏ら犠牲者は「自業自得だとみなされるだろう」と、諦めにも似た感情を表わしている。