“太平洋戦争前の日本と同じ…” 対ロ制裁が戦争に至る可能性を米識者指摘
解決の糸口が見えてこないウクライナ情勢について、海外メディアの間でロシアに対する制裁は逆効果ではないかという論調が目立ち始めている。中でも、ニュヨーク・タイムズ紙(NYT)は、太平洋戦争前の日本への経済制裁が戦争に結びついたとして、今日のウクライナ情勢との類似性を指摘している。その他のメディアも、識者の意見を通じて制裁に疑問を投げかける論調を展開している。
【ロシア版「真珠湾」はバルト三国?】
元アメリカ国務省のアドバイザー、ポール・サンダース氏は、NYT電子版に『制裁が戦争に結びつく時』と題した論説を寄稿した。同氏は、多くの歴史家や研究者が現在のウクライナ情勢を1914年の第1次世界大戦前夜と比較する中、むしろ似ているのは太平洋戦争前夜だと、持論を展開している。
論説は、「ABCD包囲網」(戦前の一連の対日制裁)のうち、1941年7-8月の在米資産の凍結と石油の禁輸措置に言及。当時のアメリカ政府内では日本が歯向かうとは誰も考えていなかったため、「飴とムチ」の「ムチ」だけを振るい、「飴」を与えなかったという米高官の回想を取り上げている。
しかし、日本は同年12月、真珠湾攻撃を敢行した。サンダース氏は、当時の日本の軍部は「時間が経つほど制裁によって国力が低下すると判断し、すぐに攻勢に打って出る決定を下した」と記す。これを現代のウクライナ情勢に置き換えれば、事あるごとに経済制裁を強化するだけのオバマ政権主導の戦略では、ロシアが昔の日本と同様の行動に出てもおかしくない、というのが論説の要旨だ。
サンダース氏は、真珠湾に相当する「開戦」のターゲットは、制裁に参加しているEU加盟国の中では小国と言えるバルト三国になるのではないかという、一部の識者の見方を支持している。
【ロシアを支配する旧KGB勢力と民族主義の台頭】
米メディア『ワールドポスト』の論説も、制裁がかえってプーチン政権の地盤を強化する材料になっているのではないかと疑問を投げかけている。筆者のキンバリー・マーテン氏(ロシア情勢の専門家)は、制裁の対象がプーチン大統領の側近とされる重要人物をターゲットにした資産凍結などに集中していることに注目。その狙いはプーチン政権の政治的ネットワークを寸断することにあるとしている。
しかし、制裁対象の側近の多くは、プーチン大統領が強い影響力を持つFSB(ロシア連邦保安庁)・その前身であるKGB(ソ連国家保安委員会)に所属歴か強い結びつきがある人物であると、マーテン氏は指摘する。そのため、プーチン大統領は得意の「反対勢力や反逆者を弾圧するFSBの手法」で彼らを容易に押さえつけることができるといい、西側の期待通りに事は進まないと見ている。
また、マーテン氏は反西欧ナショナリズムの「新ユーラシア主義」が、プーチン大統領の陰謀によってロシア国内に広まっていると、懸念を示す。同氏によれば、新ユーラシア主義の論調は今、ロシア国営メディアや国内の識者の間に溢れているという。そして、欧米による制裁強化が、逆に新ユーラシア主義者とプーチン大統領派の結束を強め、それが地域の大きな不安定要素になることを同氏は恐れている。
【米識者も制裁を強く批判】
アメリカの政治アナリスト、ジム・W・ディーン氏は、イラン国営英語局『Press TV』のインタビューに「(制裁への反動が)これほど早く起きたことに驚いている。非常に良い兆候だ」と答え、制裁反対の立場を鮮明にしている。
ディーン氏はロシアとNATOの軍事衝突の可能性を問われ、「NATOは軍事力をちらつかせて心理戦を行っているが、ロシアは軍事力を背景にした脅しは全くしていない。挑発に乗れば相手の思う壺だということが分かっているからだ」と回答。相手を挑発して軍事力行使の口実を引き出したいのは欧米側であり、ロシアはそれを冷静にいなしているとの見方を示した。
同氏は、ウクライナは西側諸国によって、資源確保や対ロシアの防波堤を築くための「制裁戦争」に利用されていると主張する。そして、一部のEUの政治家から、制裁に反対する意見や声明がこの所おおっぴらに出されるようになったと語る。ほとんどのEU諸国が経済不振にあえぐこの時期に、主要な貿易相手国であるロシアに経済制裁を加えるのは自分たちの首を締めるようなものだというのが、その根拠だ。
ディーン氏は、ウクライナ問題の解決策はロシアへの経済制裁ではなく、「最近、フィンランドや一部のラテンアメリカ諸国で取りざたされている人道支援だ」と語る。東ウクライナの孤立地域への救援物資輸送の機会に停戦合意を行うという発想なのだが…
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