ムシャラフ元大統領への逮捕命令が意味するものは? パキスタンの未来は?

 18日、パキスタンの首都イスラマバードの高等裁判所がムシャラフ前大統領(69)の逮捕を命じると、かつて軍事政権の独裁者として同国を統治した前大統領は、法廷から逃走した。治安部隊に守られ、高裁の敷地内から脱出すると、黒い多目的車(SUV)に乗り込んで、イスラマバード郊外に所有する豪邸に入った-。

【ムシャラフ氏と司法の確執】
 同日の裁判は、2007年にムシャラフ氏が当時の上級裁判官らを解雇し、拘束した件に関連するものだった。大統領選挙で圧勝した後、陸軍参謀総長の身分での出馬を違憲と判断する見通しだった司法の動きを封じるために、軍を動員したもの。しかし、そうした独裁的な政治手法への国内の反発の高まりが、最終的には同氏を大統領の座から追い落とし、事実上の国外亡命へと追いやった。

 ムシャラフ氏には、これを始めとして、ブット元首相の暗殺やバルチスターンの族長殺害に関与した疑惑など、7つの容疑があるという。

【4年の亡命生活からの満を持しての帰国 迎えたものは・・・】
 2008年の大統領辞任後、ドバイやロンドンでの亡命生活を送っていたムシャラフ氏だが、5月11日に予定されているパキスタンの総選挙での返り咲きを期して、先月、4年ぶりに帰国していた。

 しかし、「パキスタンを混迷から救う救世主」になる同氏のあては、無残にも外れたようだ。海外各紙は、「熱狂的な支持者の歓迎」を受けるはずの同氏を空港で迎えたのは、報道陣と同規模の支持者に過ぎず、影響力のあるテレビ番組ではほとんど取り上げられもせず、民衆も無関心だったと報じている。しかも、同氏が出馬を検討していた4つの選挙区のいずれでも、その権利を否定され、政治生命そのものが危ぶまれていたという。

 結局、同氏の帰国を「歓迎」したのは司法局のみだったわけだが、同氏のスポークスマンは今回の逮捕の判断は私怨であり、金曜にも控訴し、選挙に出馬する権利を求めると発表。フィナンシャル・タイムズ紙によれば、スポークスマンは、「ムシャラフ氏は自宅でくつろぎ、タバコと、コーヒーを嗜んでいる」との余裕を見せた。

 一方、アメリカに本部を置くヒューマン・ライツ・ウォッチは、ムシャラフ紙が裁判所から逃亡した後、パキスタン当局が、司法の判断に従い、同氏の逮捕を進めることを促す声明を発表。今回のムシャラフ氏の行動は、同氏が、軍における権威によって、司法判断をないがしろにできると考えていることを意味していると非難したという。

【パキスタンにおける軍の権力】
 実際、パキスタンにおいて、軍のトップに君臨した経歴のある人物が逮捕された前歴はない。ニューヨーク・タイムズ紙は、今回の「逮捕命令」が、同国における司法と軍の力関係の新局面を開くものとするアナリストの談を報じた。
 ただし、これに対しては、「ムシャラフ氏の逮捕はパンドラの箱を開けるようなもの」との、同氏のスポークスマンの警告もあるという。同国は現在、選挙管理の暫定政権下という微妙な状況にある。今回の選挙において、軍司令部は一切関与しないと述べてはいるものの、同氏の逮捕が波紋を拡げる可能性も否定はできないという。今回、強引な拘留が行われず、自宅での逮捕、軟禁状態という判断がなされたのにも、そうした背景が否定できないようだ。

 ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、同氏の帰宅を待っていた勢力はもう1つある。タリバンだ。親米的で知られ、9.11後にアメリカに協力的な姿勢を見せた同氏に対し、タリバンは、「帰国すれば殺害する」との声明を出していたという。現在、ムシャラフ氏が軟禁されている邸宅の厳重な警備は、そもそも同氏を「閉じ込める」ためのものではなく、タリバンから「守る」ための設備だった。
 
 総じて、混乱するパキスタンの、軍と司法とのせめぎ合い、そして民主主義の行方に対する注目を示唆する報道となった。

Text by NewSphere 編集部