「マスク着用」「下がらない参加費」 川内優輝が考える、マラソン大会の申込者数が減った理由

画像はイメージ(Flicker/ Peppe702

川内優輝が感じる海外と日本マラソン大会の違い

日本代表のほか、2015年のNYCマラソンで6位、2018年ボストンマラソンで優勝、2023年ロンドンマラソンに出場など、国内外の数々の大会で戦ってきた川内優輝選手。

NewSphereは川内選手に、エントリー数で海外との差が生まれた理由について見解を尋ねました。

上記で見たように、コロナ禍後であっても、海外で開催された大会ではエントリー数が減っていません。

川内選手はこの状況に対し、考えられるさまざまな理由を挙げました。

「海外大会では、ホームページが英語でしっかりと書かれているため、開催国だけでなく全世界からの参加者が見込めること。

開催国以外の世界中の国のランナーに対しても、ブランド化に成功していること。

WMM(ワールドマラソンメジャーズ)などのように、ブランド化に成功している一部以外は、大会直前までエントリー料を少しずつ上げながらエントリーを受け付けていること(場合によっては前日でもEXPO会場等でエントリーできる)も考えられます。

また日本と異なり、公共交通機関等も含めてマスク着用者はほとんどおらず、アフターコロナの状況でイベント参加に対する抵抗感がない人が多いこともあるでしょう。

フルマラソン、ハーフマラソン、10kmというような組み合わせで開催する大会が多いことも考えられます。

コロナ禍で大会にしばらく出られず、体力的にフルマラソンが難しいと考えるランナーがハーフマラソンや10kmにエントリーしています。

日本と違い、海外では2021年秋から2022年春にはマラソン大会が再開されていたので、今年はほぼコロナ禍前と同じ状態で何の制限もなく開催されていることも理由に挙げられるでしょう」

川内選手は、日本で開催されるマラソン大会でエントリー数が減っている理由について、「大会が増えすぎていること」「引き上げられた参加費が戻らないこと」などを挙げました。

「日本ではもともと、フルマラソンやハーフマラソンの大会が増えすぎていました

コロナ禍前でも、抽選になる人気大会と定員割れの大会といったように、二極化してきています。

必ずしも日本のすべての大会のエントリー数が減っている訳ではありません。

東京マラソンなどの一部の大会を除いて、英語の大会ホームページがない大会は、海外マラソンのようにコロナ禍前とほぼ同じ日常を取り戻している外国人ランナーの参加はあまり見込めず、日本人ランナー頼みとなります」

川内選手は、コロナ禍で大会環境や人々の意識に変化が生じたことも、理由に挙げました。

コロナ対策や物価高騰で参加料が引き上げられたまま戻らないこともあります。

海外マラソンと比べると、もともと日本の多くのマラソンは行政からの補助金のもとで運営してきた大会が多く、コロナ禍前の安かった時代の参加料と比べて参加料が割高になっているのです。

さらに、日本では2023年春に「5類化」されるまで開催されなかったり、さまざまな制限(PCR検査や体調管理チェックシートや検温など)があった大会も多く、諸外国よりもイベント開催に慎重でした。

直前までエントリーを受けつける海外マラソンに対し、日本の大会は数ヶ月前にエントリーが締め切られています。

コロナ禍の最中は、『コロナ対策が強化されて大会が中止になる』『社会の雰囲気が2021、2022年の頃のようにイベント開催の中止や、参加に慎重な雰囲気になるかどうか予測できない』ためエントリーに踏み切れないランナーもいたことでしょう。

日本では現在も、屋外でマスク着用を続けるなど、感染しないよう慎重な人も多いです。

『文化祭でクラスターが発生した』といったことが報じられるように、マラソンも含めたイベント参加は時期尚早と考えている人も多く、そうした人は大会にエントリーしないはず。

諸外国のようにこのままコロナ対策の制限が強化されなければ、来年はマラソンに参加する人ももう少し戻ると思っています」

コロナ禍を経て、人々の意識は変わりました。

「アフターコロナ」の時代が来ても、変わらず感染対策に慎重な姿勢を維持する人や、コロナ前の行動に戻った人もいることでしょう。

社会や人々の変化、人気大会か否かの二極化などが、日本でのマラソン大会エントリー数が減ったのかもしれませんね。

写真:あいおいニッセイ同和損保

⚫️川内優輝(かわうち・ゆうき)

1987年3月5日生まれ、あいおいニッセイ同和損保株式会社所属。

砂原小1年時に陸上を始め、鷲宮中、春日部東高、学習院大と陸上を続け、箱根駅伝にも関東学連選抜6区として2度出場。

2009年に埼玉県庁に入庁後もフルタイム勤務の市民ランナーとして競技を続け、2019年3月末に埼玉県庁を退職し、プロランナーに転身。

これまでに招待選手やゲストランナーとして300回以上(一般参加等も含めると700回以上)のレースに出場。

フルマラソンはすべて完走しており、サブ10の世界最短間隔記録 (中13日)や日本人最多記録(16回)なども樹立している。

2020年12月防府読売マラソンにおいてサブ20・100回を達成し、ギネス世界記録に認定。

2021年2月びわ湖毎日マラソンでは2時間7分台の記録で8年ぶりに自己記録を更新。

自己ベスト(2023年8月時点)
フルマラソン:2時間7分27秒(2021 びわ湖毎日マラソン)
30km::1時間29分31秒(2013 熊日30kmロードレース)
ハーフマラソン:1時間2分13秒 (2022 全日本実業団ハーフマラソン)

Text by 千草ルシア